どうも、アセクシュアルです。
昨年、自治体で行われている無料の婦人科系のがん検診を受診しました。
「性行為経験なし」に丸をして問診票を提出した私を診察室に招いた先生は、一旦看護師さんを全員退出させました。
「本当になしでいいの?」
アラフォーで経験なし、というのは世間じゃよほど非常識なようで。
私は堂々と「はい」と答えました。
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どぎつい話、挿れられた経験があるかないかで言ったら、ない。
正直、考えられない。
昔から思ってた。そういう行為を、なんかみんないいことのように言うよなって。
本当にそうか?
私はそこまで誰かと近づきたいと思ったことがない。
でもその前段階。
チューとか?
ハグとか?
ごめん無理だわ。なんなら手を繋ぐのも無理。
時々、同性でもハグしてくる方がいますが、それもつらい。
だから私はアセクシュアルを自認しています。
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ちっちゃいときから「お友だちと手を繋ぎましょう」みたいなのが苦手な子どもでした。それは単純に、周りの誰のこともお友だちだと思っていないからだと感じていました。
触られると気持ち悪くて、手が離れるとこっそりシャツの背中に手のひらをゴシゴシとこすりつけたり。誰かの感触が残るのがすごく嫌でした。
それから大きくなり、小学校高学年のとき、帰宅しようと歩いていたら女の人にいきなり手を掴まれて引っ張られます。夢中で手を引っ込めようとしました。でも叶わずにぐいぐいと引っ張られました。いつ手が離れたのかは、よく覚えていません。
もちろん、これだけで自分をアセクシュアルだと思ったわけではありません。
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気がついたのは、10代の終わり頃でした。
当時、自分はバイセクシャルかもしれない、と思っていました。そのとき、猛烈に推している男性アイドルの他に、お気に入りのグラビアアイドルがいたんです。なにがいいって、顔がいい。ショートヘアの女の子、大好物なんです。書店でチラチラと周りを気にしながら、男性に混じってグラビア雑誌を立ち読みしていました。懐かしい。
それで、家のパソコンでこっそりバイセクシュアルについて調べてみたんです。
結果としてバイセクシャルではなかったのですが、代わりにアセクシュアル疑惑が噴出します。
どうしてバイからアセクに辿り着いたのか、その過程は思い出せませんが、とにかくそこに繋がったのです。
アセクシュアルというのは、人に対して性的魅力を感じない人のことをいいます。
思い当たる節がありました。恋愛小説を読むと、なぜだか女性はやたらとセックスをしたがっている。恋人だけにとどまらず、ワンナイトも。「女にはそういうときがある」なんて言い訳をしながらいたしている描写に、そういうときってどういうときだよ、と思っていました。
現実世界にも違和感はありました。知人がとある男性アイドルについて「あの胸板はヤバい」と言うのです。私もそのアイドルは好きでしたが、む、胸板? そんなん見る?
確かに男性を見て、背が高くてかっこいいなぁ、くらいのことは思うときもあります。でも胸板って。そんなのってわかるもんなの? そりゃあテレビで横から映ればわかるでしょ、と今となっては冷静にツッコむところですが、当時は「胸板にヤバいもへったくれもあるのか」と、そんなところに注視している彼女たちが不思議で仕方ありませんでした。
ドラマや映画で俳優さんが上半身裸で出てきたりすると「いい体してるよね〜」と話題になりますが、私からすれば「服を着ろ、服を」。やたら男性の筋肉が好きで触りたがる人もいますけど、それも全然わからない。なんなら「触らせてあげる」とか言ってくる男性いますよね? ふざけるのも大概にしろ、とこちとらちょっと不機嫌になります。
雑誌の「抱かれたい男」ランキングみたいなものも恒例でありましたが、世の人はそんなことを考えているのか、とそれもなんだか妙な文化に思えました。
若いときって、「推しと付き合ったら」って想像するじゃないですか。私も例に漏れなかったんですけど(正直今もしてる)、手を繋いでみたいとか、チューしたいってまったく思わなかったんです。推しの笑顔を独り占め、なんていうのには憧れていました。これまで何人も強めに推してきた中、誰に対してもそこ止まりでした。推しですらハグしたくないし、チュー以上の関係を持ちたくなかったのです。並んで座って、肩に頭をこてんとしたら、それでもう十分じゃない。
そもそもグラドルを推しているくせに水着を着ている彼女には違和感がありました。服着てたってかわいいだろ、十分。ビキニ姿でヌルヌルのローションを浴びせられている彼女を見て、「誰だよこれ考えたやつ……」と呆れていました。
アセクシュアルという初めて聞く言葉に、緊張と戸惑いと納得がない交ぜになった心持ちがしました。
さらに記憶を遡ります。高校生の時です。体育で水泳の授業がありました。授業自体は男女分かれているのですが、授業の時間は同じなので一緒にプールを使います。学生時代、私はとにかく地味で目立たない生徒でした。普通に歩いていても、前を歩いていた人に「あの窓際に座ってるやつ(私)、影薄いよな〜」などとほざかれる始末。
そんな爆裂さえない子ちゃんだった私、自分で言いますがスタイルは結構いいんです。そのせいか水泳の授業のあとからあからさまに男子の態度が変わりました。中には肩を抱いてくるやつまで。「ふざけんなよ」と思うのですが、今より数段おとなしい子だった私はなにも言えずに耐えるだけ……。なんなんですかね。健全な男子の反応といえばそうなのかもしれないけれど、そんなもの向けられても知ったこっちゃない。授業だから仕方なく水着になっただけで、誰かに見せるために水着になったわけじゃないんだから。
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性行為こそないものの、食わず嫌いはいけないとそれなりに試してはきました。というかほぼ不可抗力ですが、経験の上でバツ印を出しています。
高校1年生のバレンタインデー。
昔住んでた家の近くに、1人になりたい時によく行く公園がありました。人疲れするとそこでぼーっとするのがお決まりでした。その日は別に誰かに振られたってわけでもないし、そもそも好きな子もいなかった。友人たちと手作りお菓子を交換して、それなりに盛り上がったけど、なんだか無理して明るく振る舞った感があったんですよね。
ベンチに座ってなんとなく暗くなった空を見ていたら、女の子に声をかけられました。ぼんやりと明かりに照らされた顔は、知らない子のものでした。私は部活をやっていなかったので、違うクラスの子とか、まして学校外で私の名前を知っている子はほとんどいなかったと思います。なのにその子は私をフルネームで呼んだんです。包みを差し出されて、もう一度顔を見ようと頭を上げたら、その瞬間キスされていました。
単純な感想として、柔らかっ、という驚きがありました。そのあとは、走り去っていく彼女を見ながらじわじわと、え、知らない人に触られた? 唇に唇で? とりあえず唇を触ってみましたが、なんの変哲もない、寒さで冷えた唇でした。
これが俗に言うキスってやつかぁ……あんま好きじゃないかも。人差し指で唇をつつきながら、悶々とお家に帰りました。
それ以降、彼女が私の前に現れることはありませんでした。
こういうことがあって、私はキスができないんじゃないか、という疑念が湧くようになるわけです。でも、知らない人だったからか? とも思ったりもして。
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手を繋ぐのは、大人になっても苦手なままでした。ボディタッチも、服の上からも嫌だけど、皮膚に直接触られるのがとにかく無理。夏場は半袖の人の腕が当たってくるのが耐えがたいので長袖で電車に乗ります。なにかを手渡すときも、極力端っこの方を持って差し出すのですが、空気が読めない相手だと平気で上から手を掴んでくる。握手も苦手。バレないように背中でおててゴシゴシです。
その反面、体型のしっかりした知人には出会い頭に自分から「ドーン」と体当たりするし、末っ子早生まれだったせいか小さい頃からよく頭を撫でられます。それに関しては髪の毛が皮膚を覆っているためかそんなに嫌じゃなかったりします。
ここだけ取ると、単純に身体接触が苦手な人っぽいですよね。でも、性的なことに興味がないっていうのも確かにある。なんなんだろう、これは。よくわからないまま過ごす日々でした。
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大学のゼミ合宿。飲食店からホテルへの帰り道、1人のゼミ仲間がなにを血迷ったが手を繋いできました。内心は「あ?」だったのですがやっぱり振り解けませんでした。結構長い時間、私は嫌悪感と戦いながら歩き続けました。部屋に入ったら手に残る違和感に耐えられずひたすら手のひらをジーンズに擦りつけていました。
そこから半年くらい経った頃、同じ大学の男の子とちょっと親しくなって、遊園地に行きました。お化け屋敷に入ることになり、彼が「手を繋ごう」って言ったんです。一瞬躊躇いましたが、もしかしたらいけんじゃない? と自分自身にちょっと期待をしました。迷う私の手を彼が取ったとき、火傷でもしたかのように咄嗟に手を引っ込めていました。
このときに実感しました。「私ってやっぱりアセクシュアルなんだ」って。
初めて自分から親しくなりにいった相手だったので、あー、あなたでもダメかぁ、と諦めのような、納得のような、複雑な心境でした。
それから私は彼と距離を取るようになりました。彼に関しては正直、話をしていると頭が悪くてイライラすることが多々あったので、今後の関係としてアセクシュアル云々だけの問題でどうにかなるとは思っていなかったのですが、それでもちょっと罪悪感があって大学を卒業する頃に彼にメールをしました。
すると、返事がきました。あれこれ責めるような言葉のあと、「思ったことははっきり言った方がいいよ」とありました。
言いましょうか? 私、アセクシュアルなんであなたに触られたくないの。手を繋ぐのも嫌だし、キスもセックスもしたくない。そう言ったらなんて返してくれる? はっきりとこれらをぶちまけたところで受け止めてくれるんですか?
とはいえこの件で彼になにかを背負わせたり、感じさせたりするのは違うと思ったので返信はしませんでした。
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果敢にと言おうか懲りずにと言おうか、大学卒業から少し経った頃、男性とのデートを試みました。やっぱりちょっと、普通の恋人同士、みたいなのに憧れがあったんでしょうね。歩くときは男性のジャケットの袖を摘み、なんとなくしおらしい人みたいに振る舞って。我ながらあざといな。
穏やかで話しやすいいい人でした。見た目も爽やかなスポーツマン系。お互い悪からず思っていたと思います。少なくとも私はそうでした。
三回目のデート。綺麗な夜景の見える観覧車、言葉数も少なくなって、いい雰囲気に。定石ですね。相手の顔がスッと近づいてきたとき、反射的に後ろに避けていました。がん、と窓に後頭部をぶつけ、痛がる私を男性は心配してくれましたが、もちろん次のデートなどあるはずもなく。
相手の顔が近づいてくる、その短い時間にすごく思ったんですよ、「勘弁してくれ!」って。
帰り道、あのバレンタインデーを思い出しました。あなたのせいじゃなかったみたい、と顔もよく見えなかった女の子に心の中で告げて、彼女は今頃どうしているんだろう、なんて余計なお世話なことに思いを馳せながら帰路に着きました。
やっぱり私の恋愛観は、普通とちょっと違うらしい。悲しいより、いかにも自分らしくてちょっと笑ってしまいました。無理なものは無理、とあまりにはっきり答えが出たから。
そんなふうにして、私はアセクシュアルというカテゴリーに所属することにしました。
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このことは周囲の誰にも打ち明けていません。もちろん家族にも。
アラフォーともなると家族からは結婚・出産への圧をかけられます。一時は、テレビで特集していたマッチングアプリがすごく良いらしいと暗示をかけられた家族が、顔を合わせるたびに「アプリ登録した?」とせっついてきました。あまりにしつこいので、とりあえず形だけでも参加したら黙るだろう、と登録してみることに。
形だけとはいえ、登録するには自己紹介文を載せなければなりません。もちろん「アセクシュアルです」なんて書けるわけがない。
数名の男性とメッセージのやり取りをしながら、「もし関係が進んだら、この人たちとキスしなきゃならないってことか」と気分が重くなる一方。
しかも、初回は1か月で加入していたら月末になり家族が「アプリ更新した?」と念押ししてくる始末。こっちはこんなに憂鬱なのに。大体なんでそんなところまで管理されなきゃならない? ブチギレて、アプリは解約しました。
その後、家族が再びアプリを勧めてくることはありませんでしたが、「親戚のおばちゃんが、いえろーちゃんはいい子だからいい奥さんになれそうなのにもったいないって言ってたわよ」と他者を引っ張り出して急き立てくるようになりました。
そんな中、参考書ともいえるドラマに出会います。
「恋せぬふたり」という作品で、小説もあるのですが、初めの方のシーンで、男女の主人公がキャベツの玉を拾おうとして手が当たる、という描写がありました。お互いに引っ込めて、男性主人公の方がエプロンで手を拭ってからあらためて拾い上げる。
わかる。わかりみが深い。
この作品はアロマアセク、アロマンティック・アセクシュアルを扱った作品です。
他者に対し性的魅力を感じないアセクシュアルに、他者に恋愛感情を抱かないアロマンティック。ドラマ版の1話を見て、もうロックオンです。参考書と言っておきながら、主人公たちの生活を掻き回すような登場人物が出てきてから鬱陶しくて見るのをやめてしまったのですが、今でも小説は読み返しています。
特に家族にカミングアウトするシーンは、自分に当てはめるだけため息ものです。みんなそうなんでしょうか。
お会いしたことはないのですが、専門書によると、アセクシュアルは100人に1人の割合でいるそうです。わざわざ口にしないだけかもしれませんね。ちょっと会ってみたいような、お話ししてみたいような。そういうコミュニティに参加しようかは、まだ考え中です。そういうのって、世界が広がると同時に狭まりもするから。
でもここに書いてるってことは、誰かに言いたかったんだと思います。「アセクシュアルなんだよね〜」って。ただそれだけ。理解してくれなくていいんです。「へー、そうなんだ」って、それだけでいい。だって私、こんな自分が嫌いじゃないから。
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今度の自治体の婦人科検診は来年かなぁ。先生はまた同じようにするんでしょうか。2年前のことなんて覚えてないだろうし。
言ってみるか、「私、アセクシュアルなんです」って。
うーん、ちょっと無理かなぁ。そこまで先生に心、開けないわ。
今どきそんな特別視することもないって声もあるんでしょうけどね、やっぱり特別なんです、自分の中では。今まで大事に培ってきたものというか。計らずしもそうだったことではあるんだけど、それを打ち明ける相手ではないな、と。だったらその一瞬、「いい年して」って思われた方がいい。
なんて、不特定多数の目に晒そうとしてる人間の言うことじゃないっすね。目の前の先生より顔の見えない誰かの方が気を許せるって、時代だなぁ。
あー、つくづく自分って面倒くさい。
でもそんな自分を、おもしろいなって思ってます。
