公園のボール遊びと、ご近所トラブルの現実
子どもと公園で遊んでいたときの話。
その公園には、こんな注意書きがある。
・固いボールは禁止
・フェンスにぶつけない
・小さな子どもがいる場合は気を付ける
・他人の敷地に入れない
・入ってしまった場合は、必ず家主に確認してから取らせてもらう
・守れなければボール遊び禁止
おそらく市が管理している公園。
その日、高学年の男の子が
フェンス(2メートル以上)を乗り越えてボールを取りに行こうとした。
私は「裏に回って取りに行かないとダメだよ」と声をかけた。
子どもたちは一度は従ったけど、途中で戻ってきた。
理由は「家の人がいたから」。
そこで私が代わりに声をかけたが、家主の方はかなりご立腹だった。
「こっちに入れるな!」
「ボール遊びなんかするな!」
すると子どもたちも言い返してしまい、軽い口論に。
話を聞くと、その方は長年ずっと被害にあっていた。
・畑にボールが入る
・車に当てられる
・放置される
学校にも、市役所にも何度も言ってきたらしい。
フェンスや対策も一部しかされず、結局
「子どもに直接言うしかない」状態になっていた。
※私の地域では、フェンスの高さが場所によって異なると、その場で家主の方から聞いた。
住宅に面している部分は高く設置されているが、畑に面している場所は2メートルほどで、高学年になるとボールが越えてしまうことが多いという。
この構造自体が、トラブルを生みやすくしているのだと思う。
私は一度、もめている場を止めた。
今はその人の敷地にボールが入っていること
長年の積み重ねで怒っていること
それを踏まえて、まずは謝罪すること
そして「戦う場にしない」ことを子どもたちに伝えた。
最終的にその方の言葉はこうだった。
「ボール遊びするな、じゃない。
畑に入れるな。」
子どもたちにも伝えた。
・今回は相手に非はないこと
・入れてしまったことは謝ること
・フェンス近くで遊ばないこと
・ボールが出ないように工夫すること
そしてもう一つ。
大人の中には、危険な人もいる。
だから、違和感を感じたらその場を離れて親に相談すること。
そのあと、子どもたちは気まずそうにしながら、公園のゴミを拾い始めた。
誰に言われたわけでもない。
あれが、あの子たちなりの贖罪だったのだと思う。
ボール遊びも、少し落ち着いたものになった。
今回感じたこと。
あのおじさんは口は悪かったけど、言っていることは正しい。
ただ、この問題を
「子ども vs 住民」で解決するのは無理がある。
本来は
・フェンスの高さ
・ネット設置
・遊び場の設計
こういう部分を含めて、行政が関わるべき問題だと思う。
私たちができることは
・ルールを守ること
・周囲への配慮
・危険から子どもを守ること
ここまで。
それ以上は、大人の責任。
ちなみにその日、うちの子は
横で全力泥遊びをしていた。
帰宅後、即洗濯。
そして晩ごはんは
餃子とラーメンでした。
あとがき
今回の出来事で強く感じたのは、
「誰も悪くないのに、誰かがずっと損をする構造」があるということ。
子どもは遊んでいるだけ。
大人は生活を守りたいだけ。
行政はルールを整備しているつもり。
どれも間違っていないのに、現実では衝突が起きる。
その原因は、
「守れない可能性」を前提にしていないルールにあると思う。
ボールは外に出る。
子どもはミスをする。
それでも成り立つ仕組みになっていない限り、
問題は繰り返される。
そして、そのしわ寄せは
一部の人に集中する。
本来であれば、
構造の問題は構造で解決されるべきだ。
けれど現実には、
その隙間を現場の人間が埋めている。
今回で言えば、
子どもと住民の間に立ち、
衝突を止め、ルールを現実に落とし込むような行動だ。
それは本来、個人に委ねられるものではない。
だからこそ思う。
ルールは「守るもの」である前に、
「守れるように設計されているべきもの」だと。
そしてもう一つ。
違和感を感じたとき、
それを無視せずに立ち止まること。
それが、同じ問題を繰り返さないための
最初の一歩なのかもしれない。
本来であれば、こうした問題は
個人ではなく、地域や行政の仕組みの中で扱われるべきものだ。
地域には、そのための役割を持つ人たちもいるはずだ。
けれど現実には、その存在が見えにくく、
結果として現場に負担が集まっているようにも感じる。
もし機能しているのであれば、
こうした衝突は、もう少し違う形で防げたのではないだろうか。

