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お母さん、お父さんへ。まだ言えない「ありがとう」

「愛してるよ」──その言葉にずっと憧れを抱いたまま大人になった。憧れを抱きすぎたのかもしれない。

私と母は似たもの同士で、似ているからこそ、ぶつかり合うことも多かった。「産まなきゃ良かった」「産んで欲しいなんて頼んでない」──何度、このやり取りをしたのかわからない。喧嘩する度にぶつかって、私は自分の両親のことが嫌いなまま、実家を出た。結婚をした。二十一歳での結婚は、早かったと思う。結婚挨拶の二週間前にいきなり報告をした。その時の、父の「寂しくなるなあ……」という声が忘れられない。今思えば、それは、両親に見せつけたかっただけなのかもしれない。

夫は、結婚してから毎日かかさずに、私に「愛してるよ」と伝えてくれる。その優しさに、温かさに、安心して眠れる日もあれば、怖くなってしまう日もある。

──喪うことが怖い。

愛を知ったら、私は自分のことを好きになれると思っていた。でも。違う。違った。愛を知ることは、幸せを知ることだった。手にした幸せの分だけ、いつか失う未来を想像してしまう。周りの人に恵まれれば恵まれるほど、失うことばかりを考えてしまう。

……それなら最初から出会わなきゃ良かった。そう考えてしまいそうになる私を、必死に抑える。すぐに逃げようとしてしまう自分が嫌いだ。そうじゃない。問題は、そこじゃない。

愛を真っ直ぐに受け入れられる人を、羨ましいと思ってしまう。そうなる努力もせずに、ただ羨ましいと思ってしまう私が嫌いだ。

けれど。羨ましいのは、私の中に、あの頃の「わたし」がまだ座り込んでいるからなんだよね。誰にも抱きしめてもらえなかった小さな私。「愛してるよ」と言われたかったのに、ギスギスした雰囲気の中で、笑顔で居なければいけなかった私。両親が不仲なときも、祖父母と母の間でも、どっちでも板挟みになっていた私。

その子が、泣いているのだと思う。

ねえ、もう良いんだよ?解放されて良いんだよ?他人には、優しい言葉を言えるくせに、自分自身にその言葉を掛けてあげることができない。

でもさ。もう大人になったよ。真っ直ぐに愛してくれる人を見つけたよ。自分のことはまだ好きになれないけれどさ、だから。だからさ、逃げたくなる自分も、羨んでしまう自分も、嫌いなままの自分も、全部まるごと抱えて、生きていくしかないじゃん。

いつかきっと、愛を怖いだけじゃなく、嬉しいと思える日が来る。その未来の私を信じて、今日の私はただ、息をしている。

ねえ、お母さん。お父さん。私が面と向かって「ありがとう」って言えるまで長生きしていてよね。癖で他人の顔色ばかり伺うようになっちゃったんだからさ。実家に帰省するたびに、小さくなった背中を見て、なにも言えない気持ちになるよ。ねえ……?本当はさ、ずっと伝えたかったんだよ。愛情受け取るのが下手な娘でごめんね。でもさ、二人とも下手すぎるよ。怒ったらすぐに手を上げてくるところも、余裕がなくなると子どもみたいに不機嫌になるところも、ずっと嫌いだったよ。大嫌いだった。

でもね、今なら少しだけわかるの。きっと、二人も愛し方を誰からも教わってこなかったんだよね。不器用で、苦しくて、それでも家族を続けようと必死だったんだよね。

だからさ。まだ心の中のモヤモヤは消えていないけれど、それでも、嫌いなまま終わりにはしたくないんだ。実家に帰省する度に、「はるにはひどいことをしたなあ……」と酔っ払って、夫に過去のこと懺悔するのは良いけどさ。まだ伝えられていないんだよ。私が「ありがとう」って言える日まで、どうか、生きててよね。初めての私からのお願いくらい、ちゃんと聞いてよね。


#モノカキングダム2025

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