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掌編小説|ぼく、うっかり屋さんだから

   泣き声が聴こえる。言葉は通じなくても、泣いているのはわかる。誰かが涙を流しているときは、悲しいときか、嬉しいときなんだよとぼくの師匠神様は教えてくれた。

   今お母さんとお父さんが泣いているのは、悲しいからなのだろうか……。すこしだけ、違う気がする。お母さんは、悲しいだけじゃなくて、もっともっと深い涙を流している気がする。藍色よりも紺色みたいな、夜空にすーっと溶け込んでしまいそうな涙。ねぇ、お母さん。泣かないで。泣かないで欲しい。
   
   ぼくは、喋れないから、心の中で訴えた言葉も、何も届いてくれない。それでも、めげずにぼくは続ける。

   ぼくね、お母さんたちの元に産まれて嬉しかったよ。幸せだったよ。虹の元に帰るのは、忘れ物しちゃったからなんだ。うっかり屋さんだからさ、片足持ってくるの忘れちゃったんだよ。また絶対帰って来るからさ。だから、泣かないで……ね?

   伝えたいことを伝えたら、眠くなってきてしまって、そのままうつらうつらと眠りに落ちた。深い深い眠りに。泣き声は、どんどん大きくなっていたように思えたけれど、それもぼくには子守唄のように聴こえた。

   大丈夫だよ。大丈夫。ぼくの師匠に教えてあげるんだ。涙を流していない人でも、悲しい気持ちは持っているみたいだよ、って。だって、お父さんは泣いていなかったけれど、ずーっと眉間に皺を寄せていたよ。苦しそうだったよ。師匠でも知らないことがあるんだね。あとで、自慢してあげるんだ、えへへっ──そんなことを考えていたら、急に、あたりが明るくなった。やわらかい霧がひろがっていくみたいに。

   ぼくの周りが、淡い金色で満たされていく。
眠りの中にいるはずなのに、目を閉じても閉じなくても、同じ優しい景色が広がっていた。

「帰る準備ができたのかい?」
   ふいに、師匠の声が聴こえた。うん、とぼくは頷いた。でもね、ぼくの声は泣いていた。泣くつもりなんてなかったのに、気づいたら涙がぽつん……と、こぼれていた。ほっぺが、冷たい。鼻がぐずぐずと詰まって、呼吸がしにくくなる。

「行きたい場所があるんだろう?」
   うん。お母さんのところ。お父さんのところ。もう一度、ちゃんと行くんだ。今度こそ、忘れ物をしないで。ぼくがその思いを胸にぎゅーっと抱きしめると、金色の霧がふわりと揺れて、遠くで泣いていたお母さんの涙にそっと触れた気がした。気のせいかな。触れられていたら良いな。そのとき、二人が泣くのも忘れて、ダブルレインボーを見ていたことをぼくは、知らない。「あの子が起こしてくれた奇跡だねえ」なんて会話がされていたことも、ぼくは知らない。

   ゆっくりと、ゆっくりと、もう一度ふたりのところへ向かうための道が、光の中にあらわれはじめていた。何色もある、虹色の階段をぼくは、ゆっくりと登り始めた。


「ぼくにできること」というテーマを見て、ぱっと思い浮かんだのが、赤ちゃんが虹の階段を登る物語でした。そこから、53分。本当は、もう少し構想を練りたかったのだけれども、時間切れなので。

初めて参加します🐸🤍

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