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喧騒の中へもう一度

   約一年半ぶりに、働くという場所に戻ることになった。バイトに受かった、というだけの話なのに、私の中ではそれが少しだけ、いや、結構特別な出来事だった。

 東京に来て、憧れだったカフェ店員になった。なったけれど、フランチャイズなお店は、言ってしまえば店長ガチャが激しくて、私はハズレを引いてしまった。昨日言っていたことと、当日言うことが全然違う。できていないところを探される。機嫌で言うことがコロコロと変わる……。まだ入って二ヶ月なのに、それなのに発注作業まで任される。二ヶ月で、三人が飛んだ。飛んだバイトの分は、朝五時に起きて賄った。朝五時〜夜の六時まで。ラテアートは大好きだったし、お客さんと話せるのも楽しかった。楽しかったけれど、アルバイトが負う責任を、超えていたとも思う。

   この一年半、なにもしていなかったわけじゃない。創作大賞に本気で挑んで、賞を取ることができた。SNSもやっているし、SNS運用ができるように試行錯誤もしている。在宅でできるライター業にも手を出した。月数万円──画面の向こうでどれだけ数字が動いても、私の部屋の空気は一ミリも動かない。誰からも怒られない代わりに、誰からもあなたが必要だと言われない静けさは、思っていたよりもずっと、ずうっと孤独だった。

   私はただ、社会の一部になりたかっただけなのかもしれない。

   接客業をしているときは、お客さんとの会話で今日も誰かの役に立った、ここで働いていて良かったと思えることが多かった。けれど、一人で働いていると、なかなか会話をする機会なんてない。それは、とても寂しかった。

   人見知りだけれども、体力がミジンコレベルだけれども、でも、生身の人間として社会に必要とされたいと、心のどこかでずっと渇望していたのかもしれない。この一年半、履歴書に書けるようなことはほとんどなくて、時間だけが過ぎていった感覚がある。

   外で働かないことは、自分で全ての責任を追うことは、なんだかとても怖かった。

   あんなにフリーランスに憧れていたのに。

 面接の予約ボタンを押すときも、怖かった。なにもしなければ、きっと傷つくことなんて無い。面接を受けて、その合否に左右されることもない。それでも応募したのは、たぶん、このままなにも変わらないほうがもっと怖かったからだと思う。

 面接当日、久しぶりに社会の空気みたいなものに触れて、すこしだけ緊張した。人と会う時よりもカッチリとしたメイクは、私に自信を持たせてくれた。

   そして今日、採用の連絡があった。採用……。

   ああ、良かった。良かった。
   また、外で働くことができる。

   外で働く日が来たら、きっとまた、家で働いている人のことを羨ましく思うんだろうなあ。満員電車に揺られながら、あのまま家にいればよかったなんて、勝手なことを思う日が来る。きっと来る。どこに立っていても、私はきっと、ここではないどこかを羨んでしまうのだ。

   それでもいい。どうせ揺れ動く性質なのだとしたら、今は、もう一度あの喧騒の中へ飛び込もうと思えている自分を大事にしたい。

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