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娘とフィリピンへ行くと決めるまで

2026年3月、私は娘2人と2週間の生活体験のためにフィリピンに行きます。(夫はそのうち4日間程度)
今は出発が近づいてきて、ドキドキとワクワクもあります。でも不安もあります。ほんの少し不安が多い日もあれば、「なんとかなるさ!」と前向きな日も。そんな今の私のうちに、どんな経過があって私がフィリピンに行こうと思ったかを書いておきたいと思います。

海外への憧れ


小学生の頃の好きなテレビ番組は「日立世界ふしぎ発見!」や「世界の車窓から」でした。世界中のいろいろな場所に行き、人と話したりできたらどんなに楽しいだろうとワクワクしていたことを覚えています。10代の頃は「ハリーポッター」にハマり、イギリスについて調べていました。中学生の頃の夢は国際線のCAになることでした。

行動できなかった理由


子どもの頃から海外に行きたいと思っていたのに、私が行動できないと思い込んでいた理由はいくつかあります。

英語の勉強に挫折していた
高校受験では英語に力を入れている公立高校へ進学しました。しかし周りの勉強のできる友人に圧倒されたり、部活が忙しく、英語の勉強に挫折してしまいました。大人になってからも、英語ができなくても仕事はできるし、忙しくて毎日続ける余裕なんてない。仕事だけで精一杯だと感じていました。

仕事のせいにしていた
仕事の性質上、対面支援が必要でリモートはできません。資格も国内限定。自分で選んだ仕事だから仕方がないと思っていました。

お金のせいにしていた
給料は多くないし、お金なんて貯められない。子どももいるからこれからもお金はかかる。だからできない、無理だと決めつけていました。

結婚して孤独は減った。子育ては大変だけど、娘たちがいない人生は考えられない。大切なものが増えたからこそ、自分の夢は理由をつけて後回しにしている部分もありました。


行動しようと思ったきっかけ


忙しさを理由にしていた日々

子育てと仕事で今は忙しく、いつか落ち着いたら海外旅行に行けたらいいなと思いながら過ごしていました。たまに友人がワーホリに行ったり、海外へ行った話を聞くと心がざわつくこともありましたが、忙しいを理由に深く考えない状態でいれました。

自分の本音に向き合った時

そんな中、3人目の子を流産しました。人生で上位に入るほど落ち込み、ふとした瞬間に涙が出る状態の中。子どもたちのためにも元気にならないといけない。そう思った時に、自分はどうやったら元気になれる?と問いかけました。

お金、仕事、家族など周りのことを何も気にしないで、今の自分のやりたいことって何と考えてみたのです。その時に心から浮かんだことは、どこかへ旅行に行きたいという気持ちでした。

韓国旅行での気づき

娘たちを家族に託して出かけることに少し申し訳なさもありましたが、みんなが快く送り出してくれました。

約10年ぶりの友人たちとの旅行。
自分の役割を棚に置いて、なんて贅沢な旅行と思いました。

友だちとワイワイ過ごしたり、おいしいものを食べたり、時間を忘れて楽しい時間があったことで、気づいたことがあります。

それは内側ばかり見ていて視野が狭くなっていたことです。自分の持っているもので良くも悪くも無意識に制限をかけていたことに気づいたのです。

仕事もあるから無理。結婚して子どももいるから無理。
そう思ってたけど、私はやっぱりいろんな場所に行きたい。今からでもできるかな。そう気持ちが変化したのです。

今できることを考える


まずは英語が話せるようになりたいと思い、英語の勉強を開始。
毎朝5時に起きて中学英語の復習をしたり、音楽を聴ける時は洋楽にしたり、小さく始めました。

朝の時間や隙間時間を使って勉強した結果、高校時代に取れなかった英検2級に合格できました。
そのタイミングで英語の勉強しているけど、何のためにしているのか考えました。

思い浮かんだのは
・海外で生活してみて文化のちがいを体験したい(子ども時代からの興味)
・日本にいると英語のアウトプット限られる(毎朝時間を作って英検2級に合格はできたけど、全然話せない)
この2つでした。

もうすぐ35歳。今からワーホリは難しい。子どもたちもいる。
何か選択肢は他にないのか、探すと親子留学、海外移住(親子移住、母子移住)などがインターネットで検索すると出てきました。

病気の発覚


ある時から肩や手首などが眠れないくらい痛むようになったのです。日中に急に違和感から始まり、夜に痛みのピークがきて動かせなくなる。そんな症状に悩まされていました。しかし、次の日の日中には痛みが和らぎ、仕事もできていました。なのでスマホの使いすぎかな?くらいに思ってしまっていました。

その状態を半年ほど繰り返していたので、整形外科では異常なしだったけど、念のため夫の勧めもあり、内科を受診しました。そこで血液検査の結果、関節リウマチと診断されました。

その時真っ先に浮かんだことは、「私は海外に行けるのだろうか」でした。

ネットで調べても、リウマチを持ちながら海外で生活している情報は少なく、病気にもなっちゃったし無理かもしれない。

そう思う反面、痛みの原因がわかったことには、ほっとしている自分もいました。薬を飲んだり、しっかり治療すれば関節の痛みを抑えたり、進行を抑えて骨の破壊も防げるなら、今の段階で諦めたくない。そうは思ったけど、何から始めればいいかわかりませんでした。

何か情報はないか、そこで出会ったのが五十嵐 唯さんの継続できる子連れ海外移住だったのです。
読んでみて、いきなり移住ではなく、自分たちの現在地を確認しながら、移住に向かって行動していくことが大切なことだと伝わってきました。私も本当に海外に住みたいのか試してみたい、子どもたちにも良い経験になりそうだし挑戦してみたいなと感じました。

挑戦してみたい気持ちと同時に、海外に住みたいと思った時に海外にいても収入のある状態にならないとハードルが高いと思いました。今の仕事を続けていたら無理だと思ったのです。

何かスキルを身につけて、場所にとらわれず働きたい。そんな思いが芽生えました。そしてそのタイミングでSHElikesに出会い、入会を決めました。

出会いと変化


SHEに入ってすぐに新しい気づきがありました。それはキャリアカウンセリングでの出来事です。

私は当時、「海外での生活体験をしたいが、今の職場は休みが取りづらい。だからキャリアチェンジをしないと実現できない」と思い込んでいました。生活体験をしてみたいとは思い始めたけど、まだだと思っていたのです。

その考えをカウンセラーに伝えたところ、
「確かに休みが取りづらい職種かもしれないけれど、転職して慣れてから休みを取ることにも、別の難しさがあるのでは」と問いかけられました。

その一言で、はっとしました。
「キャリアチェンジしてからでなければできない」という考えが、
私自身の行動を制限していたことに気づいたのです。

もし本当に海外での生活体験をしたいのなら、
今の環境の中でできることを探し、まずは行動してみる。
退職やキャリアチェンジは、その後に考えても遅くはない。
そう思えるようになりました。

SHEでのキャリアカウンセリングでの気づきから、職場に相談してみました。すると休みをいただくことができ、「できない理由」より先に動いてみる大切さを実感しました。
この経験を通して、「今ある環境にも可能性がある」という視点を得ました。

「変わらなければできない」と思い込むのではなく、
「どうしたらできるか」を考えて動く。
行動し、試行錯誤しながら進んでいけばいい。
そのマインドの変化を強く実感しました。

今の気持ち


これから行くフィリピンでの生活体験、正直不安でいっぱいになる時もあるし、怖くなることもあります。
そんな時には「行動し、試行錯誤しながら進んでいけばいい」と思うようにしています。実際に行ってみてわかることや経験できることがあるはずだからです。

何年かして、あの時に行ってみればよかったと後悔するよりは、あの時に行ってみて失敗もしたけど、経験ができてよかったと思える方がいいと今はそう思えるようになりました。

もしかしたら、フィリピンで生活体験をしてみて合わないな、思ってたのとちがったと帰ってくるかも知れません。それでもいい、と今は感じています。

反対にフィリピンがいいところだった、私のやりたいことができそう、娘たちにも良い環境だと思えて、自信を持って目標に向かえるようになるかも知れません。

行ってみないとわからない。可能性は無限大で、自分次第。だからこそ、将来の選択肢を広げるためにも進んで行きたいです。

これからの生活体験の様子や、そこで感じたことも少しずつ記録していきます。
10日後、娘たちとフィリピンに立つ私が、どんなことを感じるのか。
それも含めて残していけたらと思っています。


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おんちゃん うれしいです!もっといいものを書きます!