それでも失われなかった母の言葉
一昨年(2023年)の11月に脳梗塞で母が倒れて病院に運ばれた。今も病棟に入院している。コロナ、インフルエンザと懸念する病が蔓延した経緯の中で月2回のみの面会が制限されている。(来月からは緩和されて面会は3回に増える。)
母は、その病気で右半身の自由をなくして言葉を発する機能のほとんども失ってしまった。それでも自分達家族はこの一年と数ヶ月、母と目と目を合わせて時には手を握り声をかけてきた。
言葉のほとんどを失ったものの、本当にわずかな声なき声と共に母が精一杯発する顔の表情と温もりのある手と手を握って自分達家族はコミュニケーションしてきた。
昨年(2024年)の夏、そんな面会でとても嬉しいことがあった。自分の誕生日の直前である。いつもと変わらず面会に訪れて、しばし母に声をかけていた。
『もうすぐ(自分の)誕生日だよ。』と自分は報告する。母は、必死に声を振り絞ろうとする。自分も相槌を打ちそれを理解しようと努める。すると言葉のほとんどを失っているはずの口から本当にかすかな声なき声で『おめでとう』と言ってくれた。
その『おめでとう』の言葉は、実は当時そのやりとりをiPhoneで録画した動画を何度何度も再生して理解できた言葉だった。本当に嬉しかった。円滑な会話はできなくてもその言葉は何よりの言葉だった。
先日、兄の家族と姪の卒業式の写真がLINEで送られてきた。姪は学校を無事に卒業して志望する次のところへ合格したところだった。とても幸せそうな家族写真だった。
母にもそれを是非知らせてあげたいと、プリンターでA4の紙に写真を印刷して病棟へ向かった。束の間の面会の中、姪の卒業と合格を伝えた。必死に何かを伝えようとする母の口からは、再び『おめでとう』と振り絞った声で伝えられた。今度は動画の再生なしで分かったのだ。
ほとんどの言葉の機能は失われてたかも知れない。言葉のやりとりは困難だ。しかし、神様は母に『おめでとう』という言葉は残してくれた。人が大事にすべき、親が伝えたい言葉。親として何を一番子どもに伝えたいのか。それを思い知った気がした。
母親が子供の誕生日を祝ったり、孫の卒業や合格を喜んだり。何より親としてお祖母ちゃんとして、その成長は嬉しかったに違いない。健康な時は気付きにくいことがある。けれども、その心から振り絞ったふたつの『おめでとう』という母の言葉を自分は一生忘れないだろう。
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あとがき
単なる日記ではなく、エッセイを書きたくなってしばらく経ちます。それでも失われなかった母の言葉『おめでとう』は、実は自分のこころの中に大切にしまっておこうと思っていました。でも、母が元気な内に此処へ残していおきたいと思いました。ヘッダーの写真は、草花を愛する母の元気な頃の写真です。
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