《小説》時すでにお寿司 #下書き再生工場
本田すのうさんの、#下書き再生工場というおもしろい企画を目にして、ひとつ小説を書いてみました。
書き終えるまでに日数がかかってしまい、今日見たらもう全ネタ回収されていたのですが…
よかったら読んでみてください。
【追記】
元ネタをご提供してくださったのはこちら、ずっきーさんです!
🍣
うっかり者なのに完璧主義なところがツカサの悪いところだ。
時刻は午後8時。「やってしまった。」彼女は雑貨店の事務所でうなだれている。ゆるくリボンでまとめたパーマの髪も、今や湿気とショックでとっ散らかってしまっている。
今日は雨の影響か客足がまばらで、売上としては厳しい結果だったが、落ち込んでいるのはそこではない。
いや、つい5分前までは、少しは落ち込んでいた。自分が店長になって2ヶ月。売上が前の店長の時と変わらず低迷を続けているのは、どうしたものだろうと思案していた。
とはいえ、心はもう帰路に向かっていた。ギンガムチェックのスカートの下で、無意識に軽快な足踏みをしている。
正直なところ、店の売上よりも、何のミスも無く終わることが彼女の何よりの目標なのだ。
閉店作業も、何事もなく終わった。レジ金も間違いがなかったので心から安堵した。これまでいろんなミスを起こしてきたが、金銭の間違いが1番怖い。差額金の「0」を見て、今日は一日いい日だったように思えた。
あとは定時までの30分で日報を送り、戸締りをしたら無事退勤、というところだった。
事務所のコピー機にFAXが届いていた。先日発注した備品の発送の連絡だ。
マネージャーから頼まれたもので、大きめのポップスタンドを5個注文した…はずだった。
「…250個?!」
ツカサは思わず1人で叫んだ。
「144,000円?!」
更に大きな声が出た。
何かの間違いではないか。
いや、よくよく見ると、どうやら単品5個を注文したつもりが、5個セットのほうを5つ注文、それも個数を「5」と打つはずが「50」と打ち間違えたらしい。注文したのは、紛れもなく自分だ。
ポップスタンドが250個。この狭い雑貨屋では使い切れるはずもなく、14万もの支出は誤魔化せない。
慌てて電話したが、先方の会社はもう営業を終えていた。
せっかくノーミスで1日を終えたかと思ったのに。
目から溢れた涙を、フリルの袖で乱暴に拭いながら、ツカサはマネージャーに電話を掛けた。何度かけても通じない。取り急ぎメールで報告することにした。
どうして自分はこうもだめなのだろう。彼女はミスをするたび酷く落ち込む。
うっかり者で完璧主義で、しかも落ち込みすぎるところが厄介だ。とにかく大真面目なのだ。
電車をしょっちゅう乗り間違える。牛乳と調整乳を間違えて買う。大事な試験で名前を書き忘れる。卵の中身を生ごみ入れに割り入れ、殻をボウルに入れる。入社試験ではスニーカーで臨んでしまった。
どこにも内定がもらえず、数年の就職活動を経て、ここがようやく受け入れてくれた職場なのだ。
大事にしたくて毎日慎重に働いて、なんと店長になった。
それでも値段のポップを付け間違え、在庫数を数え間違える。
今日はレジでも0の数を打ち間違えた。数千円のお買い物をされたお客様に「99万2600円のお釣りです…」と言い、笑われた。
ああ、そういえばマネージャーにも別件でフォローしてもらったばかりではないか…。
店長なんて無理だったか。やはり親の薦めるように、家の仕事を手伝っていたほうがよかったか。昔からうっかりしているのだ。私なんて社会に出なければよかったか…。
キーボードの打ち方はほとんど八つ当たりだった。涙で画面がよく見えない。
泣きついているような報告を打ち終え、送信ボタンを叩いた。
窓の外を見やると、大きく真っ黒で、軍艦のような雨雲が不気味に空を覆っている。
土砂降りだ。折りたたみ傘で太刀打ちできるだろうか。
電話が鳴った。マネージャーだ。
いつも優しいが、今回ばかりは何を言われるかと、ツカサは震えながら電話をとった。
「お疲れ様です。」
「お疲れ様。えっと、寿司、食べに行く?」
「は?」
寿司。涙が止まった。
「は?って。あのメール、何?」
何って、報告のメールだが。ああ、ミスに相当呆れているということか…胃が痛むのをおさえながらPCを開き、ツカサは唖然とした。
「松巻マネージャー
お疲れ様です。
お忙しいところすみません。
頼まれていたポップスタンドですが、個数を大幅に誤って注文してしまいました。
気付いた時には、時既にお寿司、先方の営業が終わっている時刻でした。申し訳ありません。注意げたりませんでした。
明日、朝1番で先方に連絡し、謝罪の上、変更できないか聞いてみ鱒。
いつも自分のにつめが甘く、ミスが続き、すみまサーモン。一生懸命やっているのげそが、うまく烏賊ず、すぎょく悩んでいます。相変わらず人員はがりがりですが、売上がようやく軌道に海苔、ここから巻き簀返していきたいところなのですが、てんちょうとして不甲斐ない日々です。
申し訳ありません。また明日、連絡します。
海浜店店長 司」
ツカサは文字通り頭を抱えた。唇は紫色だ。もうだめだ。自分のミスながらふざけているとしか思えない。
「申し訳ありません…。」
「信じられない。あれ誤字だったの?何のギャグかと思ったわ。」
電話口でマネージャーは笑った。
「もうだめです、私。何してもミスします。もうクビです。」
「ちょっと、自分からクビにならないでよ。貴方に光り物、いや、光るものがあったから、店長になってもらったのよ。そんな発注ミスくらい、屁のカッパよ。大体ね、いちいち落ち込みすぎなのよ。真面目なのは良いことだけど、ちょっとオドリを踊ったりして、一旦気を逸らしたら?」
ツカサは励ましを素直に受け取り、また涙ぐんだ。
「…アニキって呼んでいいですか?」
「嫌よ。100歩譲ってアネキでしょ。」
いつもこうして、誰かの言葉で彼女は立ち直っていく。
「ありがとうございます、アネキ。」
「ダサいわね。やめてよ。」
あの軍艦雲が店の真上にきた。雷が鳴り、雨音は電話の向こうに伝わるほどになったが、ツカサの心は晴れていった。
「すごい雨の音!少し待ってから帰ったら?」
マネージャーの声を聞きながら、お気に入りの小花柄の傘を持ってきたことを思い出していた。切り替えが早いところは彼女の良いところだ。
「ええ。でも定時を過ぎたので、アガリます。」
終わり
こちらのお寿司屋さんの寿司用語辞典を活用させていただきました🍣。
どこにどんな言葉が出てきたか、見てみてください。
あー寿司食べたい。
本田すのうさん、楽しい企画をありがとうございました。
