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たまんちゅ!#24【倉地ゆいの再興】「平行線」

「お、今日は寒いな」

 愛車のジムニーから降りて扉を閉めるなり、北風が私に襲いかかってきた。沖縄は1年を通して本州より気温が高いけれど、二月の風はたまに厳しい日もある。
 興北高校の駐車場から校庭へ出ると、男子野球部の部員たちが元気に声を出しながらランニングをしていた。そうだ、寒いなら体を動かせばいい。

「いーっちにーっ、いちにーっ、そーれ」

 部員たちには聞こえない程度に、けれど控えることもせず、同じリズムで声を出しながら校舎に沿って軽快に進んでいく。ほどなくして、それなりに歴史のある興北高校の敷地内で、ピカピカに目立っている新築のプレハブが見えてきた。

「いちにっさんしーっ! 倉地くらちゆい、ただいま到着しました!」
「4分遅刻だ」

 ドアを開けて挨拶をするなり、北風より厳しいツッコミが襲ってきた。

「厳しいなぁ~藍花らんかちゃん。ピッチクロックじゃあるまいし」
「指導者として示しの付かない行動をするなと言っているんだ。あと、藍花ちゃんと呼ぶな」

 この春に設立される女子野球部のため、新しく造られた部室棟の一室。まだ何も揃っていない空間に、パイプ椅子がふたつと、市民センターの会議室とかによくある長テーブルがひとつだけ置かれている。そのテーブルを挟むようにして、私は興北高校女子野球部の監督――新垣藍花あらがきらんかと向かい合った。

「だって、話し合いもなにも……きっと今日も平行線でしょ?」
「私が監督、倉地が指導者である以上、こちらの方針に従ってもらう必要がある」

 鋭い眼光、ハッキリとした物言い。私が学生だった頃も、こんな感じのめちゃ厳しい体育の先生がいた気がするなぁ。
 藍花ちゃんはここ興北高校のOGで、3年間野球部に所属していた。その頃にはまだ女子野球部が無かったから、男子の中でひとり、ひたむきに白球を追いかけていた。そして、私は沖縄に来る前から藍花ちゃんを知ってた。『公式戦に出場が叶わなかった悲劇の天才女子選手』として、メディアに取り上げられていたから。
 ソフトボールに転向すれば間違いなく世界クラス――そう言われ続けても、藍花ちゃんは硬式野球にこだわり続けた。そういうところがあるから、言葉でチクチク、いや、ぐさぐさ刺されても藍花ちゃんを嫌いにはなれない。

「興北高校女子野球部の目標は、創立1年目での夏大会優勝。つまり、甲子園の土を踏むことだ」

 藍花ちゃんが高校時代に叶えたくても叶えられなかった夢の続き。女子で強いチームを作って甲子園にたどり着き、優勝旗を持ち帰ることで女子野球人気はあとからついてくる。そのために、藍花ちゃんは手段を選ばない。全国から有望な選手を集めて、最短距離で勝とうとしている。

「最初から優勝を目指すな、なんてつまらないことは言わないよ? でもさ~」

 机に肘をつき、両手を組んだ藍花ちゃんの視線は揺るがない。つやつやの天井を見上げた私の顔を、睨むようにじっと見ている。

「野球を楽しむ気持ちを、どれだけ大切にしてあげられるか、だよね」

 気まずい沈黙。この部屋に掛け時計があったら、きっと秒針の音がカチコチ聞こえてくるんだろう。
 私の考えは、藍花ちゃんとは真逆だ。まずは野球を楽しんでもらい、野球に触れる女子人口を増やすことで、女子野球という競技がこの地に根付いていくことを目指したい。前にそれを伝えたら、何年かけるつもりだって一蹴された。

「現に、藍花ちゃんが想定してたほど人数集まってないんでしょ? 合格基準とか、事前に告知してある指導方針が厳しすぎるからって」
「控えを含めて野球ができるだけの人数は揃っている」
「思ったより集まりが悪いって言ってたじゃん」
「実力不足の連中や中途半端な覚悟の選手は必要ないというだけのことだ」

 藍花ちゃんの基準で言う実力のある選手たちの中で、今のところ地元沖縄出身の子は2人だけ。しかも、そのうちの1人は藍花ちゃんの妹だ。

「それに、先日新たに2人の応募があった。投手と捕手、かなり期待できるバッテリーだ」
「ふ~ん……」
「この2人を軸にチームを組み立てれば、女子野球部は成立する」

 そんなきっぱり言い切っちゃって大丈夫~? って、ニヤニヤしながら藍花ちゃんをつつくこともできた。でも、今日の空気はあんまりそんな感じじゃない。だから私は、

「その子たち……ぜ~ったい逃がさないでよね~」

 藍花ちゃんから感じる危うさのような違和感にふたをするように、眉間にしわを寄せて伝えておいた。



「あったかぁ~」

 さっきまでいたプレハブ小屋も締め切った空間だったけど、車の中のほうがやっぱり落ち着く。私が実家のお父さんから半ば強引に奪ってきたこのジムニーは、電車の走っていない沖縄で替えのきかない交通手段であり、頼りになる相棒だ。
 興北高校を後にして、大通りを南に向かってひた走る。助手席では、いくつかのクリアファイルにまとめられた書類が音もなく揺れていた。信号で停まったタイミングで横を向くと、一枚の紙がこちらを見るようにはみ出していた。

『シンデレラプロジェクト』

 まだ聞き慣れないその言葉に、私は思いきり巻き込まれているのだ。
 私がボールとバットを手にして間もない頃の時代はまだ、女子が野球をするなんて冗談だと捉えられるような風潮があった。学生時代に選手としてグラウンドに立ってからは、少年野球チームに少しずつ女子選手が混ざるのを見て、嬉しく思うこともあった。そんな女子野球を取り巻く環境は、ここ数年で劇的に変化している。
 転機となったのは、あるひとつのドラマだ。野球部すら存在しなかったとある無名校で、ひとりの女子球児が中心となり、女子野球部を立ち上げて甲子園を目指した。その挑戦は瞬く間に各地へ波及し、競技レベルは目を見張るほどに引き上げられ、女子野球の熱が爆発的に高まったのだ。
 高校女子野球の夏大会決勝戦が甲子園で開催されるようになった今、彼女たちの世代は『シンデレラ世代』と称されるようになった。このムーブメントを絶好の機会と捉えた女子野球連盟は、全国の都道府県に硬式女子野球部を設立し、真の意味での全国大会を実現する――それが『シンデレラプロジェクト』の全容だ。
 硬式女子野球部が存在していない都道府県や、部員や指導者不足のため満足な活動ができていない場所に赴いて、女子野球の発展に寄与する。この話を聞いた時、私は真っ先に手を上げて参加を希望した。学生時代こそ野球漬けの毎日を送っていたものの、社会人になってからは草野球でたまにプレーをするくらいで、白球を追いかけ続けたあの日々とは縁遠いその日暮らしのフリーターと化していたからだ。
 野球を仕事にできる。しかもそれが女子野球の発展に直接関わってくるとなると、私にとっては千載一遇のチャンスだった。そして沖縄を担当することになったまではよかったが、実際に興北高校を訪れてみたら、すでに野球経験のある担当教員が存在していたのだ。手違いというよりは、2人で手を組んで盛り上げてもらいたい、という学校側の意図だったみたい。
 使命を担って沖縄の地に来た以上、成果を望まれてるのは分かってる。けど、藍花ちゃんとは何度話しても落とし所が見つかる気配が見えない。

「これが大人ってやつですかぁ~、あぁ~……!」

 車内で叫んでいたら、後ろの車にクラクションを鳴らされた。そんなにうるさかった? と思って前を見たら……信号、とっくに青だった。


つづく

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