たまんちゅ!#01【玉城ありあの夢路】「酷暑の陽射し」
「おっけぇー! ナイバッチィーー!!」
三遊間を鋭く抜けるクリーンヒット。活気づく相手ベンチの声援は聞こえてないフリをして、外野から返ってきたボールを受け取る。マウンドの土を足で均して、仰いだ天は雲ひとつ無い青空。帽子を取って汗を拭っても、ぎらつく陽射しのせいですぐに噴き出てきた。
中3の夏、ボーイズリーグ最後の大会。この試合に勝てば、わたしたちの戦いは全国が舞台となって続いていく。つまり、負けると道は閉ざされる。あと2点取られたら、夏が終わる。
「あーりー、大丈夫ねー……?」
タイムをかけて、羊がマウンドに駆け寄ってくる。内野の皆も集まって、口々にわたしを励ましてくれた。

「ツーアウトや、ここで切ろ」
「まかちょーけぇー! 俺らがまた打つからよぉ!」
そうだ。どんな窮地に立たされても、うちのチームは笑顔を絶やさない。あくまでもポジティブに歯を見せる男子たちを見て、自然と口角が上がっていく。各々が守備位置に戻った後、わたしはロジンを軽く握った。
「玉城ー! 頼むどー!!」
監督からの朗らかな声援に、わたしは笑顔で頷いた。二番手の後輩が準々決勝で足を痛めてしまった今、ここで踏ん張れるのはわたししかいない。
羊の構えたミット目がけて、力いっぱい投げ込む。
「ボール!」
決勝戦は、ずっと押され気味の乱打戦だった。わたしが点を取られても、味方の皆が取り返してくれる。わたしが相手打線に捕まっても、全員が一丸となって懸命にフォローしてくれた。
特に支えてくれたのは、小さい頃からずっと一緒にやってきた2人だ。
チームの柱を担う羊が盗塁を刺してくれたり、攻守に渡って好調の琉海がヒット性の当たりをアウトにしてくれたり。ピッチャーとして、エースとしてマウンドを任され続けてきたわたしが、本当ならチームを引っ張らなきゃいけないはずのわたしが、引っ張られてばかりの決勝戦。
「ファール!」
今日だけで、何度このコールを聞いただろう。全力の真っ直ぐで空振りが取れない。小さい頃から練習を重ねて、毎年のように最高球速を更新し続けてきた、わたしの自慢のストレート。
「ファール!」
この試合が始まってからずっと、身体全体にまとわりつくような違和感があった。いつもと違う。何かがおかしい。けれど、その正体には気付けないまま、修正もきかずにずるずると打ち込まれてしまっている。
「っ!!」
痛烈な当たりが、わたしのグラブを掠めて抜けていく。ショートの琉海が必死に飛びついてくれたけど、ほんの僅かに届かなかった。これで二死一、三塁。絶え間なく走者を背負い続けて、打席に迎えたのは長身の男子。顔なじみのある四番打者。
「頼むぞー!!」
「お前で決めたれ!!」
小さな島の中で野球を続けてきた。練習試合の相手は大体決まってるし、野球が好きだからこそ通じ合うことがある。打席に立っているのは、今日まで何度も戦ってきた相手だ。お互いに、得意も苦手も手の内も全部、理解し合っている。
「ボール!」
昔はわたしより背が低かった。それが今では逞しくなって、他チームから警戒される強打者だ。けど、わたしは彼をさほど苦にしたことがなかった。これまでの対戦成績にも相性の良さが表れているし、今日だってヒットを許していない。
「ストライク!」
羊のサインに首を振り、投じた二球目。外角に決まった真っ直ぐを、彼は微動だにせず見送った。7回制のボーイズリーグでは終盤にあたる6回裏、また点差が開いちゃったけど、ここを抑えればまだ希望がある。望みを繋ぐためにも、長打だけは絶対に許しちゃいけない。走者二人が還れば、その瞬間にコールドゲームだ。
(サインは……うん、真っ直ぐ……)
わたしは負けるのが嫌い。負けず嫌いっていうよりは、負けるとみんなが笑わなくなるから嫌いだ。負けたのに、楽しくも嬉しくもないのに、自分の気持ちをごまかそうとして心の奥とは違うところから浮かんでくる笑みは、もっと嫌いだ。
だから勝つんだ。勝ってみんなを笑顔にする。それが、わたしの――
「っ!!」
渾身の一球だった。コースだけなら一球前のほうがよかったけれど、リリースの瞬間まで納得のいくストレート。わたしの指先から離れたボールは、羊の構えたミットに届くことなく青空を切り裂いた。
「ナイバッチィーーーーー!!!」
白球が、音が、希望が遠のく。懸命に走るライトの背番号が小さくなる。高く舞った打球はフェンスを越えて、誰もいないスタンドに突き刺さった。
(……ああ)

試合が始まってから、ずっと掴めなかった違和感の正体が分かった。本当は分かっていて、でも認めたくなかっただけなのかもしれない。
中学生になってから、うらやましい、と思うことが増えた。
わたしの身長が1センチ伸びる間に、周りの男子は5センチ以上大きくなっていた。わたしの球速が1キロ速くなる間に、他チームの男子ピッチャーがわたしよりずっと速い球を投げてくるようになっていた。どんなに練習しても、どんなに努力しても、どんなに追いつこうと頑張っても、差が開くのが当たり前。いつしかそう、自分に言い聞かせるようになっていた。言い聞かせるしか、なかったから。
女子の実力じゃ、もう男子には通用しないんだ。
「……あっはは……」
天を仰ぐ。青空に燦々と輝く太陽が、わたしをじっと見つめていた。
つづく
