たまんちゅ!#27【倉地ゆいの再興】「閃き」
濡れねずみになった状態で海から上がってもそれほど寒さを感じないのは、さすが沖縄だと思った。パーカーの裾をギュッと絞ると、乾いた地面にぽたぽたとシミが作られていく。
グラウンドに目をやると、既に3人の姿はなくなっていた。勝負に決着がついて解散となったのだろう。
「どうしたもんかね」
左手に持ち替えた硬球を、私はもう一度目線の高さに上げた。人差し指と中指を自然と縫い目に掛けるようにして握ってしまうのは、経験者の性というやつだ。
彼女たちにこのボールを渡すため、などという親切心でわざわざ海にダイブしたわけではなかった。ボールが飛んできたから捕った。ただそれだけの、本能的な行動だったのだ。
ふと、近くの茂みからガサガサと草をかき分ける音が聞こえて、私はそちらを向いた。音を立てていた正体が猫や犬ではなく、人だとわかるなり私の口角は自然と上がった。
「う~ん……どのへんかねー」
標準語とは違う口調。地元の子なのだろう。どういう経緯で真琴ちゃんと勝負をする羽目になったのかはわからないが、今回に限って言えば相手が悪かったとしか言いようがない。力一杯投げ込んだストレートを、寸分の狂いもなく真芯で捉えられた。センター方向に飛んだ打球がフェンスを越え、遊歩道を越えて海へと飛び込んで――
(ん……?)
資料として送られてきた動画を見てすぐに、真琴ちゃんは天才だと直感した。図らずもその才能をこの目で直に見ることができたわけだけど、これだけの飛距離は、打者の能力が優れているだけではたたき出せない。これから高校生になろうという女子選手が、単独であの飛距離を生み出したとは考えづらい。
(この子も……)
質のいい回転がかかったスピードボールと、金属バットの衝突。打者と投手の、力の掛け算。この子も、ひょっとしたら。
俄然興味が湧いてきた私は、自然と早足になって女の子に近付いた。どうせなら、ちょっとからかっちゃおうかな。
「そこの君」
私がつかみ捕ったボールを探しているであろう背中に、仰々しく声を掛ける。振り向いた彼女と目が合った私は、精一杯の笑顔を浮かべて言った。
「お探しの物はこれかな~?」
夕暮れ時の空に、少女の悲鳴が響き渡った。
ここで出会ったのも何かの縁ということで、私なりに改善の余地を感じたありあのピッチングフォームについて、軽く指導をしてあげた。真琴ちゃんと同じく4月から高校生になるありあは、ほんの少しのアドバイスを物凄い早さで吸収し、目の覚めるようなストレートを私に見せてくれた。それだけでも十分驚かされたが、私がさらに驚いたのはその後だ。
「まさか、高校女子野球の決勝戦が甲子園で開催されるようになったことを、知らなかったなんてねぇ」
私がそのことを告げるなり、ありあは雷に打たれたような表情になってしばらく固まった後、早口で私にお礼を言うなり、踵を返してかけ出していった。その背中が小さくなっていくのを見つめているうちに、私の中でずっと噛み合わずにいた歯車が、音を立てて正しく回り始めた感覚がした。
必要なのは、ライバルだ。
女子野球を熱く盛り上げ、お互いを引き上げ合う拮抗した存在。しかもそれが地元・沖縄の子なのだとしたら。この島で育ち、この土とこの海の近くで、野球に打ち込んできた女の子。真琴ちゃんというピースに対し、欠けていたものが見つかった気がしたのだ。
「……藍花ちゃん、ごめんね~」
今のうちに謝っておく。私の目論見が上手くいけば、私は興北高校の女子野球部と敵対することになるのだから。そうと決まれば、まずは女子野球連盟に連絡だ。間違いなく嫌な顔をされるだろうが、それでも私は押し通る。
「一緒に、沖縄の女子野球、盛り上げよーねー!」
誰に向けたわけでもない私の大音声は、無人のグラウンドに軽く、しかし確かに響いた。
つづく
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