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たまんちゅ!#39【沖縄(このしま)から、あの場所へ】「独りのふたり」

 金城きんじょう麗々華うららかという努力の人は、それゆえにクラスで孤立していた。
 人付き合いが苦手なわけでも、クラスメイトにうとまれたりしていたわけでもない。本当に入学したかった別の高校の転入試験を受けるため、休み時間や放課後のすべてを試験勉強に費やしていたのだ。

「野球をやるなら……やはり興北高校しかありませんわ!」

 中学卒業からの丸2ヶ月、麗々華は寝る間も惜しんで机にかじりつき、満を持して転入試験に臨んだ。しかし世の中は、頑張っても必ず報われるとは限らない。麗々華は人並み以上の努力をしたものの、結果は不合格だった。

「……美しい花は咲く場所を選ばないものですわ。そしてそれは、わたくしも同じ……!」

 努力の人というのは諦めが悪く、また切り替えも早いのかもしれない。美波島高校で3年間過ごすことを決意した麗々華は、父に内緒で大好きな野球をやるために、自分で野球部を作ってしまえばいいという結論に思い至った。
 早速部員の勧誘から取りかかったのだが、季節はすでに6月。大抵の生徒はとっくに部活動の一員となっていて、麗々華はむしろ未所属という立場から、逆に華道部や茶道部といった、おしとやかな文化部から勧誘を受けることも少なくなかった。そんなことが何度か続いたある日、麗々華はたまらず思いの丈を吐き出してしまった。

「わたくしは野球以外やるつもりはありませんの!!」

 本音だったとは言え、口にした直後にハッとした。言われた相手は申し訳なさそうに去っていったが、その背中を見つめる麗々華もまた申し訳ない思いでいっぱいになっていた。
 麗々華が勉強に没頭していた2ヶ月の間に、クラスではとっくにコミュニティが形成されてしまっている。昼休み、机を寄せ合って弁当箱を取り出すクラスメイトたちを尻目に、麗々華は何かを思い出したような素振りで教室をあとにし、屋上へと続く階段の踊り場へと向かった。閉ざされたドアの前は、麗々華が見つけた独りきりになれる数少ない場所だ。
 けれどその日、そこには一人の先客がいた。

「そこのあなた、場所をあけなさい」

 麗々華が西表いりおもて八摩子やまこに掛けた最初の言葉は、なんとも押しつけがましいものだった。高貴な身分ゆえの命令口調ではあるが、実際にはぼっち飯の場所を取り合おうとしているだけである。
 それを受けた八摩子は、

「え……あ……」

 と、終始戸惑って反論こそできなかったものの、ゆっくりと首を横に振り、麗々華の命令を拒む意思を見せた。

「あら……? あなたひょっとして、同じクラスの……」
「あ、うん……5組……西表、八摩子……」

 食べかけのお弁当に視線を落とし、八摩子がぽつぽつと自分の名を口にする。

「こんなところでお弁当を食べているなんて……察するに、ひとりぼっちということですわね」

 お弁当箱を持った麗々華にそう指摘された八摩子は、それはそっちも同じなんじゃ……という言葉を、卵焼きと一緒に飲み込んだ。

「私、島から出てきたから……なかなか、馴染めなくて……」
「なるほど、そういうことですのね」

 親近感を覚えたのか、麗々華は何も言わずに八摩子の隣に座って、弁当箱の包みを解き始めた。八摩子はその堂々とした振る舞いに目を丸くしている。

「そうだわ。わたくしが、あなたにいいことを教えてさし上げましょう」
「……なに?」
「わたくしは今、この美波島高校に女子野球部を創ろうと画策中ですの。けれど、まだ部員はわたくししかいない……そこで今、この場であなたを勧誘しようと思いますの。これがどういうことか……わかりますわよね?」

 丸くしたままの目を見開いた八摩子は、その瞳に期待の色を宿した。

「と、友達になってくれるってこと……?」
「は? 違いますわ」
「…………………………」

 麗々華の即答に、八摩子はゆっくりと背を丸めてうつむいてしまう。

「友達よりも、もっと尊く密な関係になるのです」
「尊くて、密……!?」

 八摩子の瞳に再び喜色が戻ったのを見て、麗々華は満足げに笑った。

「あなたは、記念すべき部員第一号ですわ!!」

 麗々華の高らかな宣言が響いた直後、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。慌てた2人は揃って弁当をかき込み、我先にと教室へ駆け込んだ。



「あとは、ここをマーカーで塗って……」

 麗々華と八摩子が出会った、その日の放課後。半ば強引に非公式女子野球部員の第一号にされた八摩子は、未だ困惑を隠せないまま、麗々華の部員募集ポスター作りに付き合わされていた。

「よし、かなりいい感じですわ……!」
「おお……」

 ペンのインクでカラフルに汚れた指先を気にも留めず、嬉しそうにポスターを掲げる麗々華。あまりにも自信たっぷりなので、八摩子は思わず拍手をしてしまう。

「あとは、肝心のチーム名ですわね」
「チーム名……?」
「ええ。これがないと始まりませんもの」

 高校野球にチーム名ってあるんだっけ……と疑問に思う八摩子だったが、そもそも野球に詳しくないので黙っていることにする。

「実はもう決めていますの。その名も、ゴールデンキャッスルズですわ!」
「……金城さんの名前?」

 得意げに頷く麗々華に対して、八摩子はどこか拗ねたような表情で視線を膝元から動かさない。その様子が気になったのだろう。

「どうしましたの?」
「あ、いや……えっと……」

 部として活動する団体にチーム名を付けてもいいのかどうか。そんな疑問を八摩子は口にすべきかどうか迷っている。その様子を見ていた麗々華は、合点がいったように頷いた。

「なるほど……あなたは栄えある1人目の部員。確かに、チーム名に名前を冠するくらいの特典はあっても不思議ではありませんわね」
「え……?」
「そうしたら、ゴールデンウエスツというのはどうかしら? 金城の金と西表さんの西を合わせた名前よ」
「か、かっこいい……!」

 自分の名前が入った喜びが勝ってしまった結果、八摩子の中にあった疑問はどこかに消し飛んでしまった。そんな八摩子に賞賛されて、麗々華は鼻高々になっている。まだ出会って少ししか経っていないのだけれど、麗々華は八摩子に褒められると、他の誰かに褒められた時以上に気分が舞い上がるような心地を覚えていた。

「ところで……これ、なに?」

 チーム名の話題が丸く収まったところで、八摩子はポスターに書かれた白い円状の、お餅のようなふわふわとした絵を指さして尋ねた。

「え? ボールに決まっているじゃありませんの」
「……じゃあ、この棒は?」
「バット以外の何物でもありませんわ」
「………………………………」

 おとぎ話に出てくる魔法使いが持っていそうな棒状の杖らしき物体を、麗々華はバットだと言い張っている。

「……バットって、こんな感じじゃなかったっけ……」

 自ら取り出したノートの隅に、八摩子がペンを走らせていく。そこには確かに、100人に聞けばほぼ全員がバットと答えるような絵が描かれていた。

「あなた……絵の才能がありますわね!」
「そ、そうかな……えへへ……」

 麗々華の素直な褒め言葉を受けて、今度は八摩子が舞い上がる番だった。

「そしたら、イラスト部分はあなたが描いたものに差し替えて……」
「あ、それと……ここの漢字、間違ってるかも……」

 八摩子がおずおずと指さしたのは、『部員募集』の『募』の字。よく見ると、『暮』になっている。

「……これは、あなたを試していたんですわ。細かいところに気が付くかどうか。そして部長のわたくしにも物怖じせず、意見を言えるかどうか」
「あ、そうだったんだ……そうだよね、普通こんな間違え方しないし……」
「おっほん! とにかく、テストは合格。あなた意外と参謀向きですわね」

 参謀という響きをカッコいいと感じたのか、八摩子は自然と口元が緩んでしまった。細かいところに気付けば褒めてもらえる。そう思った八摩子がポスターを見ながらあれこれと考えているうちに、単純な疑問が浮かんだ。

「金城さんは、なんで野球が好きなわけ……?」
「いい質問ですわね。でも、その問いに答える前に……ひとつ認識をあらためていただきたいことがありますわ」

 そして麗々華は、まるで用意していたかのような口調で堂々と、胸を張ってこう口にした。

「わたくしが野球を好きなのではなく、野球がわたくしを好きなのですわ」

 麗々華は、物心ついた頃から野球と縁の深い日々を送っていた。
 父は地元で有名な飲料メーカー「スワンビール」の社長であり、野球好きが高じるあまり、沖縄を中心にスポーツ特待生を集めた私立高校「スタミナアスレチック高等学院」を創設してしまった。
 当然、麗々華の兄たちもみな野球をやっており、グラブやボール、バットといった道具が身近にあふれていた。
 決定的だったのは、家族総出で休みを取って観に行った高校野球の決勝戦、沖縄県勢悲願の夏制覇がかかった、興北高校の試合だった。
 地面が揺れるような歓声と、鳴り止まない指笛。お祭り騒ぎとはよく言ったものだが、どんな祭りもこの熱狂には敵わないだろうと、麗々華は幼心にそう強く感じたのだった。

「その試合、私も知ってる……すごいニュースになってたよね」
「当然ですわ。あの日、わたくしの運命が決まったのですから」

 しかしながら、父は麗々華が野球をやることを手放しでは褒めてくれなかった。バットやボールを手にすると、父はいつも申し訳なさそうな顔をする。それでも麗々華は野球に対する情熱を捨てきれず、親には内緒で興北高校を受験した。

「……ダメだったの?」
「結果的にはそうですわね……ただ、試験の当日に……」

 会場へ向かう道中、バス停の脇で具合悪そうにうずくまっているお婆さんを見つけたのだ。麗々華は何の迷いもなく、人助けを優先した。

「事情を話しても信じてもらえるかどうかはわかりませんでしたし、何より内緒で受験しようとしていたので、親に話がいくのも避けたくて……それで、美波島に入って転入を目指してましたの」
「それは……どうだったの?」
「……」

 八摩子の質問を受けた麗々華は、不安になるくらい完璧な微笑を浮かべて固まっている。いてもたってもいられなくなった八摩子が「なんかごめん」と謝ろうとしたところで、麗々華の瞳が遠くに向いた。

「八摩子さん、こういう言葉をご存じ?『美しい花は、咲く場所を選ばない』」
「え? 知らないけど……な、なんかかっこいい……」

 夜な夜な兄たちのバットを振り続け、見よう見まねでボールを投げ込んだ日々。家族で高校野球中継を毎日のように見てきたという原体験が、今の麗々華を形成している。八摩子はその全てを理解できている訳ではなかったが、自分に向かって夢を語ってくれる相手が傍にいるということが、それだけで嬉しかった。
 だからこそ、それ・・を見つけてしまった時は、胸がざわつくのを抑えられなかった。

「どういうことですの!?」

 2人で作った傑作を貼ろうとしたその時、既に女子野球部の募集を呼びかけるポスターがあることに気付いてしまった。

「も、もう……あるの?」
「そんなはずありませんわ! 波高なみこうは、女子どころか男子の野球部もない高校なんですから……!」

 悔しさなのか、怒りなのか。麗々華は顔を真っ赤にして肩をぷるぷると震わせている。興北への転入を諦め、再起をかけて自ら動き出した女子野球部の設立。それがまさか、自分の知らないところで知らない誰かに先を越されていたなんて。

「あ、ここ……活動場所が書いてある」
「校庭の端……サッカー部脇のスペース……八摩子さん、訴えに行きますわよ!」
「う、訴え……!?」
「当然ですわ! これはアイデアの盗用……わたくしたちの女子野球部計画が、そっくりそのまま盗まれてしまったのですから!」
「そ、そうなんだ……!」

 肩を怒らせながら、麗々華は真っ直ぐに目的地へと向かう。荒ぶる感情に任せて力いっぱい拳を握り締めたかったが、そこはなんとか我慢した。手にしたままのポスターに、しわを作りたくはなかったのだ。


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