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たまんちゅ!#18【六甲院真琴の冒険】「六甲院家の娘」

 ――六甲院家。
 古くから神戸に住まい、地位や名誉の世界に身を置く人物であれば、その名を知らぬ者はいないと言われるほどの名家である。

 さかのぼれば神話の時代に起源を発する日本舞踊。その伝統を支える『六甲院グループ』は、舞踊会館や和装事業、老舗旅館の経営を一手に担っている。現在、四代目代表を務める六甲院みのると、その妻すみれ。2人には、天から二物を与えられた愛娘がひとり。
 幼い頃から厳しい教育を受け、舞や礼、細かな所作から帝王学に至るまでを叩き込まれ、ものの見事にその全てを吸収してみせた六甲院家の跡取り娘。それが……

「ふっ!!」

 侍女の構えるミットに豪球を投げ込んだ、六甲院ろっこういん真琴まことその人である。

「ナイスボールです! 真琴様!」

 夜も更けた22時過ぎ。立派な屋敷の裏庭には、豪邸の雰囲気にそぐわぬ移動式の投光器が一台。そこからの明かりに照らされて、真琴は唯一無二の侍女、野上のがみまもりとピッチング練習をしていた。

「どのポジションも楽しいけれど、2人でやるならやっぱりこれが一番ね」
「はい! 真琴様のような方にはグラウンドの中心、すなわちマウンドが最もお似合いですから!」

 常に高いレベルを求められる舞踊の稽古を終えた真琴は、それでも涼しい顔をしてまもりのミットにボールを投げ込んでいく。そんな2人の様子を、つかず離れずの距離を保って見守る老人が1人。

「お見事な球筋ですな。お家元様の激しい稽古の後とは思えぬ球速でございます」
「ありがとう、じいや。なんなら打席に立ってみる?」
「これはこれは、お戯れを」

 うやうやしく頭を下げて真琴に微笑みを返したじいやは、真琴とまもりに野球を教えた張本人だった。若かりし頃は甲子園の出場経験もあり、幼少期の2人がボール遊びをしている時に投げ方を教えたことが全ての始まりだ。
 真琴の執事であるじいやと、代々六甲院家に仕える野上家の娘、まもり。そして六甲院家の跡取り娘である真琴の3人は、わずかな暇さえあればこうして”内緒の野球練習”を日課としていた。

「ところでまもりさん……もしかしてグラブにオイルを塗ってくれたの?」
「あ、はい! 乾いていた箇所があったので、そこだけ軽く……」
「ごめんなさいね。本当は自分でやるべきなんだけど」
「そ、そんなそんな! 真琴様の美しい手や指にオイルの匂いが染みついてしまいますから……! こういうのは私の役目です!」
「あら、オイルの匂いは嫌いじゃないわ。でも、こう言ってはなんだけど、まもりさんが手入れをしてくれたグラブを使うと、ボールがとても捕りやすい気がするのよね。いつもありがとう」
「あはぁっ……あっ、すみません!」

 真琴に褒められて手元が狂ったのか、顔を赤らめたまもりが投げ返した球は若干浮いてしまった。真琴は軽く飛び跳ね、それを難なくキャッチする。

「も、申し訳ありません! 真琴様が、私以外が手入れをしたグラブ以外は金輪際使う気はないと仰ってくださったのがあまりにも嬉しく……!」
「ふふ、そこまでは言ってないわ」

 満面の笑みを浮かべたあと、真琴は小さく息を吐いた。セットポジションに入った真琴の雰囲気を察したまもりの表情が、きゅっと引き締まる。

「ふっ!!」

 高く上げた左足を大きく踏み出し、上体の回転を活かして長い右腕を力強く振り下ろす。一連の投球動作は、まるで舞踊の所作のように美しかった。

「惚れ惚れしますな」

 まもりのミットが音を響かせた直後、じいやの口から思わず漏れた一言。それはお世辞や賞賛ではなく、純粋な感嘆からくるものだった。

「真琴様、次はカーブ、いきますか?」
「ええ。まもりさんのミットが呼ぶ限り」
「ほっほっほ。若いお嬢様方、焦らず驕らず、一球一球丁寧に、ですぞ」

 今日もまた、屋敷の裏庭に3人の笑い声とミットの音が響いていた。



 それは、真琴が高校進学を控えたある日の事だった。

「……何かの、聞き間違いかな?」

 天井まで届く大きな窓から、西日が射し込んでいるリビング。真琴の父、実は娘が発した言葉を正確に聞き取った上で、そう聞き返した。

「真琴……あなた、本気で言ってるの?」

 豪奢なソファで実の隣に腰かけていた母のすみれは、思わず前屈みになって真琴の真意を確認しようとしている。

「はい。お父様、お母様」

 そんな2人に、にっこりと微笑み返す真琴。

「私は、野球の道…甲子園を目指します」


つづく

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