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たまんちゅ!#35【沖縄(このしま)から、あの場所へ】「ひっそりとした旧校舎」

「こっち……でいいんだよね?」

 美波島には立派な野球場がある。結丸の配信を見に来た人生経験豊富な視聴者からの情報提供を受けた翌日の放課後、ありあたちは学校の裏手にある山道を登っていた。

「波高って、わたしたちが生まれる前に校舎の場所が変わってたんだね~」

 羊がスマホで位置を確かめながら、ところどころヒビの入ったアスファルトの道を踏みしめる。マップの示す情報が確かなら、この先には美波島高校の旧校舎しかない。誰にも必要とされなくなった場所に続く道もまた、時だけが過ぎている様を物語っていた。

「でも、大丈夫なんですかね……? 旧校舎とはいえ、勝手にグラウンドを使おうとするのは……」
「今日は下見ってことだから、大丈夫さー」

 元不良の玉美が口にした不安を、穂乃火が楽観的に受け止める。

「廃墟の潜入動画みたいで、なんかワクワクしちゃうね~!」
「普通にアウトだからそういうの。撮影とかしないでよね」

 琉海にたしなめられた結丸が、ぶーっと口を尖らせてそっぽを向く。

「って、言った側から撮るなー!」
「途中までの道ならセーフでしょ? こういう何気ない日常のワンシーンが、あとで振り返った時に……」

 撮影ランプの点いたスマホを掲げた結丸が、眉間にシワを寄せた琉海の表情をバッチリと捉える。そこからカメラを横に向けた、その先に。

「あっ……あれじゃない?」

 生い茂った木々の隙間から、くすんだ白い建物が見えてきた。視界を遮る葉が少なくなっていくにつれて、背の低い校舎に開放廊下と、その全体像が露わになっていく。

「あれだよきっと! 間違いないさー!」

 足取りが弾むありあにつられて、羊たちも駆け足気味になっていく。校舎の方向に向かって、緩やかな弧を描く坂道を登りきった。

「わぁ……!」

 古びた校舎に寄り添うように、確かに広がる無人のグラウンド。目指した先に求めていたものが待っていたので、ありあは思わず声を漏らしてしまった。

「あるにはあったけど……でーじ荒れてるよ」

 結丸が顔をしかめたのも無理はなかった。草は伸び放題、ネットは穴だらけ。ベンチとして使われていたであろう木製の長椅子は、座った途端に足が折れそうなほどにくたびれていた。

「それでも、野球ができる場所があるってことに代わりはないさー!」

 前向きに笑ったありあが、グラウンドに向かってぺこりとお辞儀をした。少年野球チームでコーチに教わって以来、すっかり習慣になっていることのひとつだ。

「バックネットにスコアボード……結構本格的に活動してたんだね~」

 ありあに続いて礼を済ませた羊が、ホームのほうへと近付いていく。すっかり錆びてしまってはいるものの、たくさんの硬球を受け止めてきたであろう立派なバックネットが、役目を終えてなお静かにそびえ立っている。

「ホームベースも、しっかり埋まってる」

 きっと、最初は真っ白だった五角形。ホームインの真似をして駆けてきた琉海が、校舎と同じようにくすんだ本塁を踏みしめる。

「ブルペンもあるし、マウンドには土が盛られてるし……それだけ、野球部が頑張ってたってことだよね」

 ひとつしかない校庭でありながら、野球の設備だけが整っているのはそれだけ野球部に力を入れていたという証拠に他ならない。その証拠に、サッカーゴールはフットサルで使うような小さいものが隅の方にぽつんとひとつ置いてあるだけだった。

「でも、今って波高といえば、サッカーのイメージないですか……?」
「だからよ。部員の数も多いし、うちの店にも練習終わりによく来るよー」

 グラウンドに見つけた握りこぶしほどの石を拾った穂乃火が、玉美に言葉を返しながら草むらのほうにそれを投げた。

「こんなに野球に力を入れてたのに、なんで今は野球部ないんだろ」

 結丸が感じた率直な疑問。その場にいた全員がすぐに返事をしなかったのは、「確かに……」という感想が空気に乗って漂っていたからだった。

「そしたら、このグラウンドを使っていいかどうかを後日あらためて学校側に確認するとして……」
「部室とかはないのかな。道具置いておけるし、さすがに外で着替えるわけにはいかないでしょ」

 次の動きを確認していた羊に、琉海が素朴な疑問を重ねた。校舎の方を向いた琉海の視線の先には、部室棟らしき別の建物が見える。

「あ、でも建物の中に入るのは、さすがに不法侵入ですかね……?」
「元不良のたーまーが言うとなんかおかしいさ~」

 玉美の変化を知っている羊が、ふふっと微笑みながらツッコミを入れた。

「ちょっとだけ……部室として使えそうかどうかを確かめるだけなら!」

 グッと拳を握ったありあが先導する形で、6人は校舎のほうへと向かう。別棟になっている2階建ての建物は、ドアが開けっぱなしになっていたり窓ガラスが割れていたりして、ちょっとしたお化け屋敷状態だった。

「これ、夜来たらホラーやっし」
「よーってば! やめてよそういうこと言うのー!」
「撮れ高じゃん! なんか見つけたら教えてね!」
「あんたはちゅーばーすぎでしょ」

 怯えるありあとは対照的に、目を輝かせた結丸に琉海がツッコむ。

「あ、ここじゃない? 野球部の部室」

 物珍しそうに各部屋を見て回っていた穂乃火が、閉じたドアの前で足を止めた。表札のようなところに色褪せた文字が書かれており、かろうじて「野球」の2文字が読み取れる。

「開けるさー」
「ま、待ってほのちゃん! 心の準備が……」
「あははっ、へーきだよー。何か出てくるわけじゃあるまいし――」

 穂乃火がドアノブを引いた瞬間、わずかに開いた隙間から茶色い塊がもの凄いスピードで飛び出してきた。

「のわぁあああああっ!?」

 高い声で鳴きながら、その生き物はすぐさま草むらのほうへと走り去っていく。

「あ……野良猫?」
「ほら、出てきたじゃん……!」

 穂乃火ほどの悲鳴は上げなかったものの、突然の出来事に驚いたありあは泣きそうな目つきで気軽に中に入ろうとした穂乃火を睨みつけた。

「じゃあ、今度こそ……」
「うわ……だいぶ散らかってるね」

 ドアこそ閉まっていたものの、割れた状態で開け放たれた窓から雨風が入り込んでいたのだろう。ボールケースやバットが見受けられる野球部の部室は、部員たちがいなくなったあともここでずっと誰かを待ち続けていたようだった。

「みんな、足もと気をつけてね」
「ユニフォーム……なんかこれ、昔の映像とかで見覚えありますね」

 ありあの言葉に従って、慎重に中へと入ってきた玉美が、壁に掛かったままになっていたユニフォームに目を留めた。グレーの生地に、黒い文字で「美波島」と胸元に刺繍されている。

「こっちに、スクラップ記事みたいなアルバムがあるよ。だいぶ日に焼けてるけど……」

 背の低い棚の上に放置されていた、大きめのアルバム。見つけた琉海がページを破かないよう、慎重にめくっていく。

「『初の県内ベスト4進出』ってことは、結構強豪だったんだね」
「それが記事になってるのも、注目されてたってことなのかな」

 琉海を中心に、結丸とありあが左右からアルバムを覗き込む。試合に勝利して喜ぶ選手たちや、力投しているエースの様子。白黒の写真でも、その躍動感は伝わってくるものがあった。

「あ……」

 何ページかめくったところで、アルバムの隙間から何かが落ちてきた。

「写真?」

 拾い上げたありあが、軽く表面のほこりを払う。右下にオレンジ色の文字で撮影した年月が刻まれているその写真は、ユニフォームを着たかつての野球部が、ホームベースの前で笑顔を浮かべながら互いに肩を組み合っていた。

「見て、女の子……!」

 お団子のように綺麗な丸坊主が並んでいる中で、一際目立つおかっぱの黒髪。柔らかい笑顔を浮かべているその部員は、どう見ても――

「そう。それ、あたし」

 部室の入口から声がして、全員が一斉に振り向いた。さっきまで誰もいなかったはずの場所に、髪の長い女子が立っている。ありあたちがかろうじて悲鳴を飲み込むことができたのは、彼女が美波島高校の制服を着ていたからだ。

「だ、誰っ……?」

 警戒心や動揺、勝手な行動をしているところを見られたという焦りがそれぞれの頭に浮かぶ中で、女子生徒は口を閉じたまま、静かにそこに佇んでいる。目の下に2つ連なる泣きぼくろや特徴的なアクセサリーだけでも不思議な存在感が漂っているのだが、何より奇妙なのは、その手にソフトボールほどの水晶玉を持っていることだった。

「……あの~、誰……?」

 ありあが尋ねても無言のままだったので、少し踏み込んだ態度で琉海があらためて誰何すいかした。

「野球……大好きだったさー。ずっと、やりたかった……」

 名乗ることなく一方的に言葉を紡ぐ女子生徒の様子に、ありあたちは段々と違和感に気付いていく。彼女はずっと遠い目をしていて、表情だけでなくその声もが虚ろなのだ。まるで、自分の言葉で喋っていないかのように。

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