たまんちゅ!#10【山里羊の偏愛】「嘘と本当」
遠く離れゆくボールの軌道が、やけにスローモーションに見えた。
中3の夏、ボーイズリーグの選手権大会、沖縄県予選の決勝戦で許したサヨナラホームラン。興奮のるつぼにある相手チームの歓声を浴びながら、ダイヤモンドを足早に回る四番打者。
マスクを片手に夏の終わりを受け入れたわたしは、途中から打球の行方ではなく呆然と立ち尽くすありあを見つめていた。勝敗が決した直後、ありあが何かをごまかすように笑うのを見て、胸の奥がずきんと痛んだ。わたしが見たかったのは、そんな嘘みたいな笑顔じゃない。
どうすれば、この結末を避けられたんだろう。もしも今、不思議な力で一度だけ過去に戻れるとしたら、どこからやり直せば勝利の喜びを分かち合えたんだろう。四番打者への配球を、相手チームのデータ研究を、3年間の日々の練習をやり直せれば、何かが変わったんだろうか。
試合終了の挨拶と観客席へのお礼が終わり、荷物をまとめながら人の居なくなったグラウンドを見つめている時に、ひとつだけ確かな事に気付いた。
わたしが見たいありあの笑顔は、もうここにはない。
わたしが望むありあの笑顔は、この先どこにあるんだろう。

わたしは、曾祖父の代から営まれている牧場の子として生まれ育った。牧場といっても一般的にイメージされるウシやウマではなく、ヤギがメインのヤギ牧場だ。
物心ついた時から日常的に、家のお手伝いで牧場の仕事を手伝うことが習慣になっていた。日々の餌やり、畜舎の掃除、健康管理にいたるまで、家族と顔を合わせるような感覚で、たくさんのヤギと触れ合ってきた。
時には、早朝にお手伝いをしてからそのまま保育園に行くこともあった。そういう日は決まって、動物の独特な匂いを嗅ぎ取った周りの子たちから、
「今日のよーちゃんさーふん、へんなにおいするー」
「ヤギくせー! ヤギ子だヤギ子!」
と言われることもあったが、当のわたしは太陽をいっぱいに吸い込んだ土や草の匂いや、すくすくと育っていくヤギたちの生きている証そのものとも言える匂いが好きなので、特には気にならなかった。それよりもむしろ、
「よーちゃんって背ぇ高いねー! モデルさんみたいさー!」
「かみの毛、もこもこしてるのかわいいねー」
と、周りが褒めてくれているのに、わたしとしてはコンプレックスだった身長の高さや、島ならではの湿気でいともたやすく広がる鬱陶しい髪質のことをしきりに気にする幼少期だった。
そんな身長のせいで目立っていたからなのか、保育園時代のわたしは色々と『標的』にされることが多かった。ドッジボールでよく狙われていたので、狙ってきた相手をしっかりと把握して片っ端からぶつけ返していた。かくれんぼでは一番最初に見つかってばかりいたので、背丈を活かして高いところに隠れたり、見つかりづらいところを事前にしっかりと調べてから臨んだりしているうちに「神隠しのよーちゃん」という物騒なあだ名がついたこともあった。
あだ名と言えば、その頃のわたしは一部の子たちに嘘つき呼ばわりされていた。理由は他でもない。絵本の読み聞かせの時間に『オオカミ少年』の童話になぞらえて、「羊飼いは嘘つきだ」という偏ったイメージが広まってしまったからだ。うちの実家は正しくはヤギ牧場なのだけれど、わたしは名前が漢字一文字で『羊』なので、無理もないのかもしれない。
わたしが何もしていないにもかかわらず嘘つき呼ばわりしてくる子たちに対しては、嘘をもって嘘を制するスタンスで臨んだ。近所の廃工場にはネジを食べる妖怪がいて、金属を身につけてその場所に近付くと襲われてしまう。海沿いにぽつんと建っている一軒家には家族の幽霊が住み着いていて、海岸に家族連れがくると海に引きずり込もうとする。そんな嘘をつくことでからかってきた相手を怖がらせ、近寄らせないようにしていた。嘘をつくことは自分が生きやすくなるための手段だと、いつからかそう思うようになっていた。
そんなわたしに運命の出会いが訪れたのは、季節を先取ったかのような暑さが印象的な四月のある日だった。
お母さんに連れられていつものように門を抜けるかと思いきや、反対方向に手を引かれて何事かとついて行ったその先に、玉城ありあはいた。この日が初めての保育園だったらしいありあは、お父さんの横に立ったままシンデレラ城を見るかのように瞳をキラキラと輝かせて保育園を眺めていた。
「あれ、山里さんってもしかして、山里牧場の……」
「そーそー! 玉城さんってご近所でしょう? 前から知っとーやさー!」
ありあのお父さんとわたしのお母さん、大人同士で会話が弾んでいた。互いに家が近所だと判明したことや、ありあのお父さんが小学生の頃、社会科見学でうちのヤギ牧場を訪れたことなどを話していた、ような気がする。
会話の内容をあまり覚えていないのは、わたしが目の前の女の子に夢中になっていたからだ。
ガラス玉のように澄んだ瞳、絵本に出てくる人魚姫を思わせる綺麗な髪。そしてなにより女の子らしさが詰め込まれたかのような愛らしいサイズ感。わたしに無いものを全て持って生まれてきたありあに対し、わたしは羨望も嫉妬もなく、純粋に心を奪われていた。
だから目が合った瞬間、ただ一言、ぽつりと、
「お姫さまみたい」
そう口にしていた。

「えへ、ありがとう!」
返事と一緒に、満面の笑みが返ってくる。恋愛とは違う意味で、キュンとくる、という感覚を知ったのはこの時が初めてだったと思う。
この笑顔をずっと見ていたい。わたしたちの初めての出会いを胸に刻みながら、そう強く願ったのを今でも覚えている。
――なのにわたしは、また、ミスを犯した。純真無垢なありあの、太陽のようなその笑顔を、曇らせてしまったのだ。
つづく
