たまんちゅ!#32【沖縄(このしま)から、あの場所へ】「日本一」
「今回は窓のそばに誰もいなかったからよかったけど、もしこれでボールが当たってしまったり、割れたガラスで怪我でもさせちゃってたら……」
「はい、すみませんでした……」
ところどころからコーヒーの香りが漂う、教室とはまた違った匂いのする職員室。神妙な面持ちで整列するありあたちの前には、ありあと羊、琉海の所属する2組の担任を務める上原先生が背中を丸めて座っている。
「確かに、グラウンドの使用許可は出してたけど……こういう騒ぎが起きちゃうとねぇ」
頬に手を添え、ため息と一緒に小言を吐き出した上原先生は40代とそれなりに教師経験が長く、今回の件でも慌てたりこそしていないものの、気落ちした様子でありあたちの足元に視線を落としている。
「あら? でも5人いるわね。同好会の必要人数を満たしているけど……」
「あっ、わんは違います。ボールを打ったのはわんですけど、でも、参加希望者ってわけじゃなくて……」
上原先生の質問に答えたのは、人一倍責任を感じていた穂乃火だった。
「そうなのね。でも、そうすると……遊びで打って、割っちゃったってことになっちゃうのよねぇ……」
それを聞いて、穂乃火はしゅんと小さくなった。ありあたちを責める風ではないのだが「困ったわねぇ」が顔に表れている上原先生を見ていると、5人揃って申し訳ない気持ちが込み上げてくる。
「遊びじゃないんです。ちゃんと練習をしてたんですけど、でも……」
ありあはそう口にしながら、自分でも苦しい言い訳だと気付いて尻すぼみになってしまった。先生が言ったとおり、一歩間違えれば怪我人が出てしまっていたことは否めない。
「ともかく、今回の件では怪我人がいなくてなによりでした。もし同好会や部の設立を目指しているのだとしたら、今後の活動では十分気をつけてください。あんまりこういうことが続くと、承認も下りづらくなっちゃうもの」
「はい……」
最後にもう一度頭を下げて、5人で職員室を後にする。叱られた気まずさを共有する間もなく、穂乃火がカバンを背負い直した。
「あーりー、ホントにごめんねぇ~!」
「平気よー。誘ったのはわたしだし……それより、お店の手伝いは大丈夫?」
「そう! わんはそろそろお店の手伝いに行かんと……!」
「そしたら……」
その場を走り去ろうとする穂乃火に、ありあがおずおずと手を上げた。
「第1回、美波島高校女子野球部の緊急会議を、ここなんくるファイヤーで始めます……!」
「まだ部じゃないでしょ」
店内の座敷で宣言したありあに、琉海がすかさずツッコミを入れた。
「あーりー、これお詫びのジュース、人数分!」
「そんな気にしなくていーさー! それより、ほのちゃんがあんなにパワーアップしてるなんて知らなかったから、びっくりしたよー」
「あははっ、あれにはわんもびっくりしたさー」
穂乃火が放った打球の飛距離は、ありあたちも目を見張るほどのものだった。仮に防球ネットが設置されていたとしても、それを越えていたかもしれないほどに。
「わんもまた、あーりーたちと野球したいって気持ちはあるけど……でも、今はやっぱりなんくるファイヤーを応援したい。わんはなんくるファイヤーを日本一のお店にするさー!」
穂乃火の宣言を応援する気持ちの表れとして、パチパチと拍手が上がる。その和やかな雰囲気のまま、ありあたちの視線は玉美へと集まった。
「なんにせよ、ひとまず今日はたーまーが仲間に加わってくれたさー!」
「よろしくお願いします……!」
ありあから歓迎の言葉を受けて、長い髪をいじりながら玉美が頭を下げた。
「マネージャーも立派な部員だからねー。これで同好会に必要な人数まであと1人さー」
「その1人を、どうやって集めようか」
のんびりとした口調で話す羊に、ジュースから口を離した琉海が乗っかっていく。指先でつまんだストローを回して、氷をからからと鳴らしながら。
「学校中に貼ったポスターとか、あんまり見られてないのかなぁ」
「えー、がんばって貼ったのに~」
唇を尖らせ、ありあが分かりやすく拗ねた態度を見せる。実際、玉美が入部を希望したのはありあとの勝負がきっかけだったので、ポスターを見て興味を持った生徒はまだ1人も訪れていないのだ。
「校門の前でチラシ配りとか? あとは、1クラスずつ回って宣伝していくとか……」
「そのくらいはしないとダメだねー。待ってるんじゃなくて、こっちから探しに行かないと……」
4人とも小さく唸ったまま、段々と静かになっていく。話し合いの声が店内で流れる三線の音色に負け始めた、ちょうどその時だった。
「ここにいた! 探したんだけど!!」
息を切らしながらも弾むようなその声は、店の入口から聞こえてきた。ありあたちだけでなく店内の視線を一身に集めたのは、一人の少女。
「体験会のポスターを見てグラウンドに行ってみたら誰もいなかったから、2組の人に話を聞いて、ようやくここを突き止めて……ボクの情報収集力に感謝してよね!」
美波島高校の制服の上から半袖のパーカーを背負っている彼女は、店の中でもフードを被ったまま。低い位置で結んだ両方の髪を揺らしつつ、早口で喋りながらありあたちに近付いてきた。
「ご、ごめんねぇ~! 今日はその、いろいろあって……」
「誰? 知ってる人?」
「いや……」
耳打ちしてきた琉海に首を振るありあ。そんな様子などお構いなしと言いたげに、座敷に上がったパーカー少女が4人の前で仁王立ちした。ありあと同じくらいの身長だからか、威厳よりも可愛げが勝っている。
「初めまして。ボクは喜屋武結丸。女子野球部の入部希望者です!」
「えっ!?」
にっこり笑った結丸の言葉に、飛び上がらん勢いで反応したありあ。そのまま二つ返事でオッケーを出しそうになったところを、琉海が手で制した。
「ちょっと待って。念のため聞くけど……女子だよね?」
「へ? そうだけど」
「よかった……変なこと聞いてごめん」
「わざわざ探しに来てくれるなんて……でも、なんでそこまで興味持ってくれたの?」
「これ」
羊からの質問に対し、2文字の返事とともに結丸がスマホを差し出す。
「ショート動画……?」
小首を傾げた羊と一緒に、玉美やありあも画面を覗き込んだ。
「あれ、これって……この前勝負した時のやつじゃ」
「そ。なんか面白そうなことやってるなーって、撮影させてもらったんだ」
ありあと玉美が、一打席勝負をしていた時の一幕。見物していた生徒たちの歓声に字幕が添えられており、あらためて対決が盛り上がっていたことを証明するような動画の作りになっていた。
「え……再生回数、1万越えてる……」
「あいっ……!? すごーい!」
結丸のアップしたショート動画が注目されていることに気付いた琉海がコメント欄を開くと「球速っ!」「トルネードだ」「女子……?」といった投稿が寄せられていた。
「『1000年に一度の野球美少女』ってコメントがありますよ! さすがありあさん……!」
「あいっ!? そ、そんなそんな……照れるさー」
玉美やありあが思い思いの反応を見せる中、繰り返される映像から顔を上げた琉海が結丸に質問を投げた。
「この動画をあなたが投稿したのは分かったけど……それと、入部希望はどう繋がるの?」
「単純だよ。何度か見てるうちにカッコいいなーって思うようになっちゃってさ。それで、ボクも一緒にやってみたいなって。一生懸命頑張るよ!」
「嬉しい! ゆたしくね、ゆーまー!」
「待って待って、嬉しいのはわかるけど、その前に……!」
上機嫌になっていたありあの肩を掴んだ琉海が、結丸とありあの間に入る。
「部員を募集してるあたしたち的には、入部希望者が来てくれるのはすごくありがたいことなんだけど……野球の経験ってあるの?」
「よくぞ疑ってくれました!」
「え? いや、疑ってるとかじゃなくて……」
未経験者にとって、文字通り硬球の硬さはハードルになる。体に当たれば当然痛いし、最初のうちは捕球するだけでも痛い。琉海の質問はそれを心配してのことだったが、なぜか結丸からは笑顔とピースが返ってきた。
「わかるよ、ボクの実力とか経験がどれくらいなのかって不安になってるんだよね。それなら、百聞は一見にしかずってことで……」
言葉を区切った結丸が、小さく息を吸い込んでこう言った。
「ボクの入団テスト、やろうよ!」
結丸からの提案が想定外のものだったので、琉海はぽかんと口を開けてしまう。そんな琉海に顔を近付けて、結丸は満足げにニッコリと笑った。
「よし、動画編集完了っと……」
薄暗い部屋、やや散らかった机の上にあるモニターの光に照らされた結丸の笑顔。口元だけを歪ませたまま、自身のチャンネルで予約投稿の準備を進めていく。
「うん……あーりーのショート動画、まだ伸びてる」
自分の思い描いた未来が、現実のものになろうとしている。膨らむ期待を抑えきれなくなったのか、結丸は立ち上がって大げさに両手を広げた。
「ボクと一緒に日本一になろうね! あーりー!」
