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チケットの買い方も知らない私が「ひとり旅」を選んだ理由

50歳という年齢を目前にすると、わざわざ「できないこと」に身を投じるなんて、正直言って億劫になる。
慣れ親しんだ得意なことだけを、平穏に回していたいのが本音だ。

それなのに、今の私は不安の塊である「ひとり旅」を計画している。

AIを使い、指先一つで情報を集められるようになった昨今。
それでも方向音痴ぎみの私にとって、地図を読み解きながら目的地へ進むことは、いまだに解けない難解なパズルのようだ。

それどころか、旅行会社が発券してくれた新幹線の切符を、駅の端末で操作できるか不安でいっぱい。
デジタルが加速する世界に取り残されているような、形容しがたい心細さが胸をかすめる。

それでも、私は外の世界へ手を伸ばそうとしている。

なぜか。

それは、今の自分の「役割」から離れるため。
それが一番手っ取り早い方法だと考えたからだ。

仕事の顔。家事をする顔。
そして「女性だから」という無意識の前提に紐付けられた、
誰かのための自分。
それらは知らず知らずのうちに私の肌に張り付き、鎧のように重く感じさせる。

私にとってのひとり旅の目的は、観光地を巡ることではない。
ただ、当たり前の「役割」を一度脱ぎ捨てて、すべてと向き合わない時間を持つことにある。

今回の旅では、美味しいご飯を食べる・見る以外は何もしない。
ただ流れていく時間の中に身を置き、移動情報以外のネット環境はすべて遮断する。スマホの画面越しではなく、自分の輪郭を、風や音の中で確かめたい。

初めての環境、知らない場所。
人と会うこと、話すことが得意でない私は、道に迷うことも、切符を前に立ち往生することもあるだろう。

でも、それでいい。
困ったら、ひとりで抱え込まずに、誰かに助けを求める勇気を使うだけ。

「他者に頼る」ことは、弱さではない。
世界とつながるための、新しい鍵だ。

この旅は、私の自立ではなく、心地よい「他力本願」を学ぶための、
再定義の旅にしたい。

今日も快適に近づきました。

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