【熊の気持ち /共存をあきらめたのは、人間のほうだった/メガソーラーと環境破壊がもたらす現実】~世界もココロもグラデーションでできている~646
こんにちは
八彩理絵子(やいろりえこ)です。
これから「秋晴れ」の日が多くなったらいいな~🤔
過ごしやすい季節になりました。
今回はずっと気になっていたニュースから、相棒ChatGPTさんに力を借りて😅まとめてみました。
最近、人里付近への熊の出没、そして被害のニュースが大変多くなっていると感じております。
そのたびに「怖い」「危ない」という感情がまず生まれます。
畑を荒らした、民家に入った、登校中の子どもが遭遇した――
危険だから駆除するしかない。
それは仕方のないことだと思います。
けれど、ハンターが出動すれば、今度は「殺さないで」「かわいそう」という声が上がる。
どちらの言い分にも一理あるようで、どこか噛み合わない。
そんなニュースを見るたびに、やるせない気持ちになります。
🐾熊の気持ちになってみた
ぼくは、山に生まれた熊。
母の背中にしがみつき、森のにおいを吸い込みながら育った。
春には若葉の芽吹きを、夏には沢の水の冷たさを、
秋には木の実の甘さを。
冬の前には、たっぷり食べて眠る――
それが、ぼくらの暮らしだった。
けれど、ある日から森の奥で聞こえた。
ガガガガ……と、地面を削る音。
木が倒れ、風の通り道が変わっていった。
そのあとに現れたのは、
黒く光る板が並ぶ広い場所。
「メガソーラー」というものらしい。
太陽の光を集めて、電気をつくるんだって。
けれどそのために、木々は消え、
どんぐりや木の実も、ほとんどなくなった。
秋が来ても、食べ物が見つからない。
仲間も減り、母の姿も見えない。
ぼくは歩き出した。
山を下りれば、何かあるかもしれないと信じて。
人のにおいがする場所は怖かった。
熊は臆病な生きものだ。
熊鈴の音が聞こえれば、逃げるように身を隠す。
けれど、もう逃げる場所がなかった。
ぼくらが山を出たのではない。
山が、ぼくらから離れていったんだ。
どうか、森を壊さないで。
太陽の力を借りるのは悪いことじゃない。
けれど、命を犠牲にして得る光は、
本当の「未来の光」にはならないと思う。
ぼくらは、あなたたちの敵ではない。
同じ空気を吸い、
同じ地球で生きている仲間なんだ。
どうか――
ぼくらの声なき声を、
風の中に、少しでも聞いてほしい。
🌲 山が失われつつある
熊はもともと臆病な生きものです。
人の気配を感じれば、逃げていく。
それでも今、人里に姿を見せるのはなぜでしょうか。
森が切り開かれ、太陽光パネルが並び、
木々が減って木の実が実らなくなっている。
食べ物を求めて彷徨ううちに、
“そこにあっただけ”の人間の暮らしの中へと、
足を踏み入れてしまったのかもしれません。
💧 共存をあきらめたのは
熊は、戦うために出てきたのではありません。
生きるために動いているだけ。
それなのに、私たちは「危険」と線を引き、
安全のために排除する道を選んできました。
――共存をあきらめたのは、熊ではなく、人間のほうだった。
自然は奪われるばかりでは、いつか沈黙します。
山に棲む命を追い詰めているのは、ほかでもない私たち自身。
☀️私が感じていること
熊が人里に現れる背景には、
気候変動や気温上昇、餌の周期的な不作など、
さまざまな要因があるといわれています。
そのうえで、メガソーラーの乱立による山の開発が影響しているのではないか――
そう感じるのは、あくまで私個人の考えです。
けれど一つだけ確かなのは、
「便利さ」の裏で、何かが静かに壊れ続けているということ。
もう一度、自然とどう向き合うのかを、
立ち止まって考えるときが来ているのではないでしょうか。
政府は太陽光パネルをいつまで設置し続けるのでしょうか?高速道路ののり面にまで貼る計画です。
自然を破壊
不安定な電力
再エネ賦課金という税金
おまけに森林環境税
今後のパネル処分問題
なにか良いことありますか?
良いことがあるのならどなたか教えてほしい😭
私は藤枝一也さんの記事から学ぶことが多いです。世界の動きについての情報もたくさん発信されています。
メガソーラー・洋上風力発電、どちらもいらない!と私は思っています。
(藤枝様の記事を勝手に紹介させていただきました)
今日はここまでになります。
ここまで読んでいただき
ありがとうございます。
大切なお時間をありがとうございました。
