【私の名前】エピソードⅢ 「認知行動療法」に取り組んでみた
こんばんは 八彩理絵子です。
台風が去り午後には青空が広がりました。
心地良い風が秋の訪れを感じさせます。
前回、「色眼鏡をかけている」と言われても意味が解らず混沌とした日々を送っていた私。
セミナーで「緊張する」と放った一言で「認知行動療法」に足を踏み入れることになったお話しをしました。
今回は「認知行動療法」のお話ですが、その前に少し「傾聴」について触れさせてください。
「なにもない私」は同時期に「傾聴」というスキル(こんな風に思っていました)を手に入れるべく練習が必要と思い、習得会に参加していましたが手に入れようとする気持ちが強くなるのと反比例するように純粋に相手の話を聴くことが徐々にできなくなっていきました。
セッション練習会に出たり、スキルのようなもの?や心理学などの知識を入れていくほど、「うまくなりたい」と思う自分に矢印が向き、「傾聴」という相手の方に耳も目も傾け心に寄り添うという姿勢が全くできない私。
「なにもない私」はスキルを身に付けることもできず、「なにもできない」と更に自己否定していました。

【カール・ロジャース】「積極的傾聴の3原則」
1.共感的理解・・・相手に話を、相手の立場に立って、相手の気持ちに共感しながら理解しようとする
2.無条件の肯定的関心・・・相手の話を善悪の評価、好き嫌いの評価を入れずに聴く。相手の話を否定せず、なぜそのように考えるようになったのか、その背景に肯定的な関心を持って聴く。
3.聴き手が相手に対しても、自分に対しても真摯な態度で、話が分かりにくい時は、分かりにくいことを伝え、真意を確認する。分からない琴をそのままにしておくことは、自己一致に反する。
そんな状態の時にあの「緊張するなら認知行動療法のワークするといいですよ」という天の声に導かれ認知行動療法を実践するグループに入ることとなったのです。
さて、今回の本丸に入ります。
「認知行動療法」についてはご存知の方も多いと存じますが、私がそこで取り組んだことは、具体的なエピソードを「気分や感情」「認知」(自動思考)「行動」「身体反応」の4つに分けて捉えるという基本的なモデルになります。
このワークに取り組んだ私はすぐにあることに気付きます。「これまでの人生でこんなに丁寧に自分に向き合ったことはない」ということでした。日々仕事に追われ疲れきっていた毎日。温泉に入ることが唯一ホッとできる時間でした。たまに旅行にいくものの長い休みがとれないため旅行先は限られていましたし、旅行先まで仕事の電話が入ることもありました。
そんないっぱいいっぱいの気持ちのはけ口だったのかなと思える行動の一つに買い物があります。特に洋服が好きで買いあさりました。そして袖も通さない、いざ旅行に行こうと思ったら着る服がない、買わなきゃという無限ループ。宅配注文で購入している食材もいつもいつも賞味期限が切れてしまったり傷んでしまったりして廃棄するということを繰り返していました。罪悪感ももちろんありましたが、買うということでココロのバランスを保っていたようにも思えます。そんな生活は身体にも影響を与えました。体重は増え、高血圧となり、帯状疱疹にも数回、頭痛から嘔吐が続く症状等、大きな病気ではなかったものの「助けて」のシグナルだったのかもしれません。ポリープという厄介な物まで・・・どうやらストレスといわれているものを私も抱え込んでいたようです。ストレスがあること自体、気付かずにいたというのがしっくりくる言葉なようです。
「認知行動療法」のこのワークに取り組み始めて、書き出すことで「私」がよく見えてきて、「こんな風に考えていたんだ」「こんな気持ちになったんだ」と自分の色眼鏡(思い込み、信念、価値観、アイデンティティ)というものに少しずつ気付いていきました。
特に「迷惑をかけたくない・手抜きをすることは不義理である」という価値観から「完璧思考」になりヘトヘトになるパターンが多く、また「べき思考」からひとりでイライラしていることも・・・そんな『価値観で物を見ていた=色眼鏡で見ていた』がほんの少し理解できるようになってくる(セルフモニタリングができてきた)と自分の今が見えてくるようになってきました。マインドフルネス(自分の体験を自分の体験としてしっかり受け止め、味わい、手放すこと)を日々体験し身に付けることで、ポジティブな体験もネガティブな体験もココロとカラダで確実に!明確に!実感できるようになってきました。
呼吸をしている自分を感じる、温泉に入ってじんわりと温かくなっていく感じを実感する、友達といる心地良さを感じる、膝の痛みをそのまま受け止めて感じる、食べ物の味をゆっくりしっかり堪能する。こんなふうに丁寧に自分に向き合うことができてくると、どんな自分も愛おしく思えたり、今まで頑張ってくれた自分に感謝する気持ちが自然と湧き上がってきました。「自分を丸ごと大事にする」ことに繋がったのです。すると自分の周りの人はもちろん虫や植物、食べ物すべてに感謝する気持ちが強化されていきました。苦手だった青虫も愛おしくてたまらない。そんな感じる力を身につけてくると
「なにもない自分」は、「すでにたくさんのものを手に入れていた」し、自分を肯定的に見ることも自由にできるということに気付き、どんどんココロが軽くなっていきました。
今日も「今 ここ」マインドフルネス的感覚で生きています。
私の「色眼鏡」も少しずつではありますが、薄まってきたようです。

今日はここまでになります。
読んでくださりありがとうございました。
次回は
そろそろ【私の名前】について触れていきます。
