名前の表記にこだわる理由
政治家の名前ってさ、本名は「山田太郎」なのに、選挙ポスターだと「山田たろう」になってるケース、すごく多いでしょ。で、バナーとか作ってると「どっちで書けばいいんだろう?」って迷う人もいるかもしれない、いや、むしろ迷わないかもしれない。
本名で書くべき?それともポスターの表記に合わせる?
私は、どんな場面でも選挙ポスターの表記と同じ「山田たろう」を使う。
「そんなの、どっちでもいいじゃん」って思った?全然よくない。これにはちゃんと理由があるから。
①人は"文字の形"ごと覚えている
まず知っておいてほしいんだけど、人間の脳は名前を「意味」じゃなくて「視覚パターン」で記憶してるのよ。たとえば「山田たろう」っていう名前を見たとき、脳は何を記憶してると思う?
山田(漢字2ブロック・しっかりした感じ)
たろう(丸いひらがなの並び・やわらかい)
全体的にやわらかい印象の5文字っていう“見た目の塊”として記憶してるわけ。
ところがこれが急に「山田太郎」って漢字になると、
山田(漢字2ブロック・しっかりした感じ)
太郎(縦線多い・画数多い・角ばってる)
全体的に重くて硬い印象。しかも4文字で視覚的なリズムが変わる。そうすると脳は「あれ?別の人?」って一瞬混乱する。意味は同じよ。読み方も同じ。なんなら同じ人。でも視覚的には別物。
だから、ポスターで「山田たろう」を何度も何度も何度も見てる有権者が、SNSで「山田太郎」って書かれてるのを見ると、無意識に「誰だっけ?」ってなるわけ。一瞬でも、ね。
この「一瞬の迷い」が、実はすごく大きいのよ。
② 政治家の名前はもはや"ロゴ"
あのね、政治家の名前って、もはやロゴ。
高市早苗
小泉進次郎
この人たちの名前って、漢字かひらがなかまで含めて「ブランド」になってるでしょ?
ポスターに書かれてる名前の「文字の見た目」そのものが、その人だとわかるルールなわけ。だから、表記が変わるとロゴが変わった感覚になるのよ。
たかいち早苗
小泉しんじろう
ピンとこないでしょ?企業のロゴが急に変わったら違和感あるのと同じ。山田たろう」でずっと売ってきたのに、急に「山田太郎」になったら、脳は「あれ?これ同じ人?」って迷うの。だから、一貫性がかなり重要なのよ。
選挙ポスターが「山田たろう」なら、バナーも、SNSも、チラシも、全部「山田たろう」で統一する。
③ 脳は"完全一致"を求める
人間の脳ってね、意外と厳密なの。
山田たろう
やまだ太郎
山田太郎
これ、全部ちょっとずつ違う認識として処理されるのよ。「意味は同じなんだからいいじゃん?」って思うかもしれないけど、実際には違う。
特に視覚情報として入ってくるとき、脳は形の完全一致を求めるの。だから、ちょっとでも違うと「あれ?」ってなる。
ポスターで何度も見た「山田たろう」という視覚パターンと、SNSで見た「山田太郎」という視覚パターンが一致しないと、脳はほんの一瞬、処理に時間がかかるわけ。この「ほんの一瞬」が、実は致命的なのよ。だって、SNSなんてスクロールの嵐でしょ?一瞬でも「誰だっけ?」ってなったら、もうスルーされて終わりなの。
一貫性が、認知を作る
結局ね、名前の表記を統一することは、認知を作ることそのものなのよ。政治家って、名前を覚えてもらうことが全てと言っても過言ではないでしょ。選挙で名前を書いてもらわなきゃいけないんだから。
だったら、あらゆる場面で同じ表記を使って、同じ視覚パターンを刷り込み続けることが重要なわけ。
「山田たろう」をポスターで見て
「山田たろう」をたすきで見て
「山田たろう」をSNSで見て
「山田たろう」をビラで見る
この繰り返しで、脳に「山田たろう」という視覚パターンが刻み込まれていくの。
逆に、ある時は「山田たろう」、ある時は「やまだ太郎」、ある時は「山田太郎」ってバラバラだったら、脳は混乱するわけ。認知が分散しちゃう。
「どっちでもいい」は、ない
「ひらがなでも漢字でも、読み方同じなんだからどっちでもいいでしょ」って思ってる人、結構いるのよ。
でもここまで説明したとおり、どっちでもよくない。
名前の表記ってそれ自体がブランド。どういう印象を与えたいか、どう覚えてもらいたいか、全部計算して決めてるはずなのよ。だったら、それを勝手に変えちゃダメでしょ。本人が「山田たろう」で売ってるなら、応援する側も「山田たろう」で統一する。
でもね、これができてない人が候補者本人でも意外といるのよ。ポスターはひらがななのにSNSの投稿は漢字とか。とてももったいない。
バナー制作者は特に気をつけたい
だからせめて、バナー制作やってる人はこの感覚を大事にしたい。だって、バナーって視覚情報の塊でしょ?文字の形、フォント、レイアウト、色、全部が視覚記憶として残るわけ。だったら、ポスターと同じ表記を使う。これが鉄則。
そうすることで、有権者の脳内で「この視覚パターン=この人」っていう結びつきが強化されていくわけ。
小さいこだわりが、大きな差を生む
「名前の表記なんて、そんな細かいこと気にしなくても」って思う人もいるかもしれない。でも政治って、こういう小さいこだわりの積み重ねで勝負が決まる世界なんじゃないかな。
投票用紙に名前を書いてもらうためには、まず名前を覚えてもらわないといけない。名前を覚えてもらうためには、視覚パターンを刷り込まないといけない。視覚パターンを刷り込むためには、表記を統一しないといけない。
この連鎖に想像力を働かせて、私は可能な限りどんな場面でも選挙ポスターの表記と同じにすることに気を配ってる。(でも日野紗里亜議員が「日野紗里亜」なのか「日野さりあ」なのかは、未だに正解がわからない私です)
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