小品集『静物画』より──「無題(一)」
梔子書房へようこそ。
梔子書房という名前で言葉を編んでいます。
今回は小品集『静物画』より、
「無題(一)」をお届けします。
※カバー画像に生成AIを使用しています。
本編「無題(一)」
通りの角に面した二階の部屋に、カルロスという爺さんが一人住んでいた。
木枠の大きな窓を目一杯に開けて、通りを行き交う通行人たちを眺めるのを気に入っていた。
八十は超えているようだった。背は丸くなり、よく特注で作らせた椅子の腰掛けていると聞く。通りのほうから見上げれば、パイプの煙が空に昇っている。
私にはその爺さんと会う約束があった。椅子の修繕である。例の椅子を作ったのは私ではないが、頼める者がいないからと依頼を頂いたのだった。
部屋へ上がると、爺さんははにかみながら例の椅子を見せてくれた。
艶のあるカエデの骨に、深緑の天鵞絨(びろうど)を張った逸品だった。名匠の仕事だと、誰がみても確信するほどの椅子だった。
爺さんはかつてこの椅子を手掛けた名匠とは親友であったらしく、掠れた声で昔話を聞かせてくれた。目の前で投影される親友との思い出は、爺さんにとっては昨日のことのようなんだと思った。
一通り話を聞かせてもらったは良いものの、私がこんな逸品を修繕できるはずもなく、丁寧に状態や事情を説明した。爺さんは口すら開かないものの、顎は小さく頷き返してくれた。
修繕の仕事と思い持ち出した道具一式は重く、持つ手は少し震えていた。
爺さんは裕福だった。
後書き
とある絵画をじつと見つめていると、不意に一つの情景へと迷い込みました。
通りの角に面した、古びた窓のある二階の部屋で、パイプを燻らせる「カルロス」と名乗る爺さん。
彼は、私を呼び寄せて修繕を依頼しました。
修繕を頼まれた椅子は、亡き親友の作品でした。
私が修繕できるはずもなく、それを告げて彼の元を去る時、彼は親友の作品に深く腰掛け、壁の方を眺めていました。
それが、私の目に焼きついた最後の姿でした。
この「無題(一)」は、梔子書房の小品集『静物画』に収録されている作品です。
本小品集は、短く名のない断片が多いため、
数字を添えてそっと並べています。
梔子書房に眠る古い記憶が、修復の時を迎え次第、また一つずつお届けできればと思います。
どうぞこれからも、気の向いた時にお立ち寄りください。
店主
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