犬と歩けば
散歩になる。
犬も飼っていないのに、何を言ってるんだろう。
ようやく暖かい陽気になり、今は桜が満開です。
桜が咲くと、お花見がしたくなる。
友だちと、家族と、土手で、公園で、用水路で…
楽しく、賑やかに過ごす花見も好きだけど、私は実家近くの工場を囲むように咲いていた桜並木が、一番好きだった。
当時は今のように住宅もなく、周りは空き地と雑木林ばかり。
通るものといえば、工場に向かうトラックくらい。
朝にはブームになり始めたウォーキング熟女たちの、賑やかな話し声が足早に通り過ぎ、
夕暮れ時には、ぽつぽつと犬の散歩たち。
小学校6年生の時に引っ越してきてから、高校卒業までの7年間、朝と夜に必ず散歩をしていた。
犬と一緒に。
思春期になってから転入した学校は、やや閉鎖的だった。
ひと学年に10人も転入生がいれば、確かに「侵略される」ような気持ちになるのかもしれない。
転入生はまるで異物のよう。
わからない昔の話題。あの人がズルをしていたとか、誰が誰を好きだとか、嫌いだとか。
麦コーラをかけあって遊んだり、おやつ欲しさに公民館のそうじを手伝ったり、火おこしが楽しくて用務員のごみの焼却を手伝ったり。
学校に大勢で集まって鬼ごっこをしたり。
前の年までは、前の学校で無邪気に遊んでいたのに。
年度が変わり学校が変わっただけで、こんなにも窮屈でドロドロとした人間関係になるのか。
ぼーっと、自分らしくいられる場所として、犬との散歩の時間は最適だった。
ひとりで歩けば不安もあるけれど、いつだって犬がいた。
ひとりと一匹で、走ったり、歩いたり。
犬は匂いを嗅いでいたり、ぐるぐる回ったり。
突然思いついたように思い切り走りだしたりする。自由だ。
笑いながら一緒に走って、「もう、いきなり走らないでよ」なんて、わからないのに声をかけていた。
シェパードの家を通る時は、吠える声とフェンスに体当りする音が怖くて(時々フェンスが開く時がある!)
ひとりと一匹は息を潜めて、小走りで通り過ぎた。
早く帰りたいときは30分、
まだひとりでいたいときは、1時間一緒だった。
誰にも気を遣わず、誰とも話さず、ただ足を交互に動かす作業の中で、ヘンゼルとグレーテルみたいに、ぽとぽとと何かを落としていたのかもしれない。
寒ければ寒さで頭が一杯になり、
暑ければ…そういえば暑い時の記憶がないな。
涼しくなってから行っていたのかもしれない。
昔は夕立のあと、涼しかった。
そうだ、夏には空き地の草いきれの匂いがすごかった。
放置された空き地では、少しでも陽の光を得ようと雑草たちが競い合うように伸び、私の腰を超えていた。
通行止めの道路の先に座り込めば、伸びた草で簡単に姿を隠せた。
通行止めの看板は、何者も通さないバリアのよう。
犬がいた。だからずっとぼーっとそこにいられた。
そうして春のこの季節になると、遥か前方までずらりと並ぶ桜の木々。
風に吹かれて、はらりはらり、くるりくるりと舞い落ちる、たくさんの桜の花びら。
伸びた枝が地面に向かって垂れ下がり、くぐれば桜のトンネルのような散歩道。なにもない風景を、儚く美しく彩ってくれる桜並木。
月日の経過とともに、空き地や雑木林がひとつずつ姿を消し、代わりに家や社宅が建ち並んだ。
あのとき一緒に歩いた犬も、もういない。
けれど、桜は毎年変わらずに同じ景色を見せてくれる。
毎年きれいに咲いてくれる。
やっぱり、この桜並木が一番好きだ。
今日、父の家に向かうとき、少し遠回りしてあの桜並木を見ながら行った。
あのときの犬はもういないけれど、今は息子がいる。
「すごくきれいだね」
風に舞う花びらか、連なる桜の木々か。
まっすぐに延びる桜並木の入口で、そんなことを言っていた。
「そうだね。ママはここの桜が一番好きなんだよ」
犬と歩いた桜の道。
きれいな桜並木ではないけれど、人もいなくて、桜だけのこの道が一番ほっとする。
「ぼく、春が一番好きかもしれないな」
そうか、それはとてもうれしいな。
追記:2025.04.15

うれしい!
追記:2025.8.27
この記事に対して、批評をしてくれました。
私はいつもkuwanyaさんに「いい文章でした」と言ってもらえることを、一つの目標としているのです。そんな心の師であるkuwanyaさんが、他作批評をしてくれました。うれしくて気絶しそうになった。ちゃんと振り返ろう。
kuwanyaさんの他作批評の記事だけでもびっくりしたのに、そこに批評を重ねてくる!しかも短時間でね!
もう座布団のように10枚重ねたら、なにか起こるのかもしれない。
蛇内さんのフットワークの軽さはいつもびっくりする!
でも、ちゃんとオリジナルな表現になっているからすごい。
蛇内さんの軽やかさと的確に物事を捉える力に、とても魅力を感じてます。
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読んでくれてありがとう!うれしいです。