今頃『まんが道』を読んで気付いたメモ
↑アイキャッチ(ヘッダー画像)は35才頃の「藤子不二雄(ⒶとF)」のお二人。
中央公論社の重くて分厚い『愛蔵版 まんが道』全4巻を古本で購入して今頃読み終えた。個人的評価は◯秀作。上京する前の1~2巻が特に良かった。
安孫子 素雄=Ⓐの作品で〈まんが家まんが〉の名作『まんが道(みち)』では「満賀道雄(まが・みちお⇒Ⓐ自身がモデル)」と「才野 茂(さいの・しげる⇒藤本 弘=Fがモデル)」の二人が主人公だが、その中でも満賀(まが)の目線や内面を中心に進行していく成長物語。この「まが(当然マンガみち・おのもじりだろう)」という変わった名前で、どうしても「MAGA(マガ?)」が浮かんでしまう。トランプの「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」のやつ。
Fがモデルの才野 茂(さいの・しげる)は「才能が茂る(いっぱい)」のもじり?
私にとって「F」の漫画は、小学校低学年の頃に「ドラえもん」が載っていた『コロコロコミック』が初めて購読した漫画雑誌で、馴染みがあったが、「Ⓐ」の漫画は接点が無く馴染みが薄い。まだⒶとFに別れる前の「藤子不二雄」時代の漫画は、小学生高学年~中学生の頃に「ドリフターズの笑い」を「子供っぽい」と感じ〈卒業〉するのと同じくらいの時期に〈卒業〉したんだと思う。私が所有する〈黒い作風〉の「Ⓐ」の単行本は、『ヒゲ男』(奇想天外社)と『愛蔵版 少年時代』(中央公論社)の2冊のみ。後者は実写映画より良い。NHKで実写版ドラマの『まんが道』を観たのは10代後半だったか。
私は連続ドラマを欠かさず観るのが苦手で、結局2~3話ぐらいしか観れなかったけど、とても面白かった。しかし原作漫画は今まで読んでなかった。
私が「トキワ荘」関連で読んだのは、アンソロジー漫画の『トキワ荘物語』(翠楊社)と、寺田ヒロオ(1931-1992)を中心にした梶井 純の『トキワ荘の時代』(ちくま文庫)。古本で買ったが、結局一頁も読まずにまんだらけに売却したのが、文章のみ?の石森章太郎『トキワ荘の青春 ぼくの漫画修行時代』(講談社文庫)と藤子不二雄『二人で少年漫画ばかり描いてきた』(文春文庫)。
『トキワ荘の時代』を原作とした実写映画の『トキワ荘の青春』(1996)は、「トキワ荘」周辺情報を知らない一般人?には、説明不足で不案内な映画だとは思いますが、ベタつかない透明な「青春映画」で、個人的には△佳作。
漫画版『まんが道』では、「理想主義」と「現実主義(商業主義?)」の対立の構図が何度か顔を出す。手塚治虫に憧れる漫画好き(漫画マニア)の主人公の二人が描きたい漫画(=自分たちが楽しめる漫画)と、出版社の編集者が求める「低学年児童が理解できる少年漫画」とのズレ。最近知った言葉で半可通ですが「理想主義=プロダクトアウト」「現実主義=マーケットイン」!?
「手塚オワコン説」が流布していた一時期を除き、漫画家生活のほぼ全ての時期を評論家受けの悪い?「メジャー≒現実主義」の立場で過ごした手塚が、「マイナー≒理想主義」な漫画家に嫉妬?している〈黒手塚〉インタビュー。
他に気付いたのは、『まんが道』に出てくるモブキャラの顔や、主人公の満賀や才野の鳥のクチバシみたいな「とがった口」の表現が、ギャグ漫画家の相原コージ(1963-)の絵柄とソックリ(=明らかな影響)だということ。私は20歳前後?の頃に相原の初期作品を古本で買い愛読していたので、驚くと共に嬉しい。私は相原氏が「筒井康隆といがらしみきお」に影響を受けたというのは知ってたが、Ⓐの影響は知らなかった。↓相原氏の過去のSNS投稿。
『まんが道』に憧れて、上京して4畳半の風呂なしアパートに住んで漫画を描いてました。藤子不二雄A先生のご冥福をお祈りします。 pic.twitter.com/7bQpRI5IkY
— 相原コージ (@kojiaihara) April 7, 2022
「まんが道大解剖」。例の電報の現物写真も感涙だが、さいとうたかを先生のテラさんからの手紙の話も面白い。充実した内容。『サルまん』でもこんなの出したい。 pic.twitter.com/9mZLapMZhl
— 相原コージ (@kojiaihara) March 7, 2017
相原コージの初期作品に時々出てきていた(実生活でも交流があったらしい)漫画家の江口寿史(1956-)氏が『まんが道』について語っているのを発見↓。
『まんが道』は〈漫画家漫画〉の歴史の中でも特に大きな存在のようです。
マンガ家マンガの歴史背景
振り返ってみると、1970年代までは「マンガ家マンガ」が特別な人気を集めることはほとんどなかった。自伝やエッセイ、つげ義春の一部作品や永島慎二の「漫画家残酷物語」のような私小説的な作品などが地味に発表されるだけだった。
80年代になって流れが大きく変わったのは、藤子不二雄(藤子不二雄A)「まんが道」のヒットがきっかけだった。この作品は86年と87年にNHKでテレビドラマ化されて注目を浴び、トキワ荘ブームの大きな要因となった。これ以後「マンガ家マンガ」は単なる「内輪ネタ」から「エンターテインメント」へと変貌(へんぼう)しはじめる。多くの人が気がつきはじめたのだ――「マンガ業界」は実はビルドゥングス・ロマン(成長物語)の舞台であり、「マンガ家」は単なる作者たちの肖像ではなく「キャラクター」であり、非常にドラマチックな世界であることに。 ※「imidas」からの引用↓
◆『週刊少年マガジン』1969年(昭和44)3月30日号(創刊10周年記念超大号)
この「5人」は「トキワ荘」関係者。最前列の中央には〈神様〉手塚治虫。

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五列目:左から「ジョージ秋山」「楳図かずお」「森田拳次」「一峰大二」
四列目:「影丸譲也」「矢代まさこ」「永井 豪」「石森章太郎」
三列目:「つのだじろう」「赤塚不二夫」「Ⓐ(安孫子素雄)」「F(藤本弘)」
二列目:「さいとう・たかを」「ちばてつや」「川崎のぼる」「桑田次郎」
一列目:「水木しげる」「手塚治虫」「横山光輝」 ※1969年当時の序列!?

↑と同じ集合写真の「全員で変顔」バージョン。後列の2~3人やる気なし。

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