とりあえず、ルーシーと学校に行きたい──ダーウィン事変10話より




想像してみてほしい。







この地球上では純粋な人間というものは一切存在しない、人間と他生物のハーフ「半人類」が当たり前で、かれらがテクノロジーや社会を支配していたとしよう。





そんな世界に突如としてあなたは生まれ落ちる。
突然変異で生まれた、通常有り得ない、唯一の、
純粋な人間種として。



あなたは多方面から様々な目を向けられるだろう。





お前は本来存在してはいけない筈だ。
あなたのようなマイノリティでも生きられる術を。
これは進化論の重要な転換点だ。
君はきっと種族間の争いを終わらせる鍵になる。
おお、全種族の代弁者よ!









「いや、そんなこと言われても……。」



要するに、
これがチャーリーの立場ではないだろうか。




第10話︰加速の扉


リヴェラとは違い、リップマン少佐は純粋にALAとしての信念を抱いていることが前回で明らかになった。

そんな立場として、彼がチャーリーに協力を煽る動機はもっともだ。

今や動物達に対する搾取は、人間の生存環境すら危うくしている。SDG'sのような口先の理念では何も変わらない。
ALAは力による実践で、この世界の基本ルールを変えようとしている。
これは長期的に見れば、動物だけに限らない人類の利益にかなうアクションでもある。

お前が世界から苦痛と死を少しでも減らしたいのなら、俺たちと一緒に来い。チャーリー。


“動物達の代弁者”ではないチャーリーの意図をリップマンはしっかり汲んでいた。故に解釈を改め、彼はゲイルのテロの時リヴェラが触れていた「観測範囲の苦痛と死を減らす」という行動原理を重視して交渉を持ちかける。

動物搾取に依存しすぎた故の諸リスクは、既に人間自身も今になって主張し始めている。
しかし言論だけでは何も変わらなかった、それ故の、力によるアクション。

リップマンの具体的な理念は今まで触れられていなかったが、彼もまた、人中心バイアスを持たないチャーリーの平等な価値観にある種の希望を抱いていたらしい。


しかし当のチャーリーにとっては、
そんな理念など全く興味がなかった。


僕はこの世界に対して全然なんの責任も感じない。
だって勝手に放り込まれただけだから。

「なら何が望みだ」とリップマンが訊くと、チャーリーは少し考えて「とりあえずルーシーと一緒に学校に行きたいかな」と答える。

この言い方からして、チャーリーは多分ALAの壮大な理念などは損得の天秤にかけるまでもなかったとみえる。「そんな事より僕はルーシーと一緒にいたいんだ!!(即答)(拳を強く握る)」とかならまだドラマチックだったろう、ところがどっこい「とりあえず」「かな」だ。全く聞き入れる気がない。


しかし、これってなんだかすごく自然なことではないだろうか。


世界平和について本気で考え、実践する人間が一体どれくらいいるだろう。
「戦争を終わらせたい」だなんて四六時中考え、それを信念として生きる人間がどれくらいいるだろう。

勿論、そのような誇り高き夢に人生の全てを捧げている人は実際少なかれどいるだろうし、そんな方々には本当に頭が上がらない。(本当にそういう人に国や政治を任せられたらどんなに良かったことか……)
 

が、
大抵、私たちの関心は自分の身の回りについてだ。「ガソリン安くならないかなあ」とか、「椎名林檎のライブに行きたい」とか、「86(エイティシックス)アニメ続編作ってくれ」だとか。


そりゃあ全員が全員世界平和について考えることができたならさぞかし良い世の中になったかもしれないが、実際はみんな先に述べたように私利私欲だ。だって、そういう「カッコよくて壮大な信念」は自ら率先しやってくれる人が別にいる。私は私で個人的にやりたいことをやれば、それで生きてはいける。
そして、そういったごく個人的な行いは、良いか悪いか以前にとても自然なことだ。当たり前だけど。



では仮に、
そんな極めて個人的な生活を営んでいる私達だが、そんな時もしも、何かよく分からないけど突然大切な家族の命が奪われたり、何かよく分からないけど親しかった友人を人質に取られ、何故か我が家は常に警察に見張られたりしたら……。




なんで自分なんだ??

よそでやってくれませんか????






とりあえずルーシーと一緒に学校に行きたい。

そりゃあ、こうも思いたくなる。

ヒューマンジーのチャーリーだって、
関心は自身の身の回りだけなのだ。


そもそも、「観測範囲の苦痛と死を減らす」のさえ、考えてみればなにもチャーリーだけの特徴でも何でもない

近くの人がペンを落としたら拾ってあげるだろう。
目の前の人がドリンクをこぼしたら、咄嗟にハンカチなど差し出すだろう。
ホームの線路に人が落ちていたら、慌てて駅員さんに知らせるし、非常ベルを鳴らす。
頭から血を流して倒れている人なんか見ようものなら「うわあ!大変だ!」とすぐさま救急車を呼ぶ、止血とかその場でできる限りの処置を施し何とか助けようとする

助けなかったとて何か罰が与えられるのでもないし、これらは誰かから教わったわけでもない。教わったのはせいぜい「人を助ける方法」であって「人は助けなければならない」という道徳ではない。私たちは「咄嗟に」「慌てて」実践している。


しかし、あなたがそうやって人助けを、誰かの命を咄嗟の行動で救った時、突然誰かから、

「君は困った人に手を差し伸べるとっても優しいヒーローなんだね!どうだ、自衛隊とか目指してみないかい?」

「いやあ……そういうことじゃないんだけどなあ……」

たしかに行動原理としてはあるかもしれないが、
それがまるで自分の全てだとして見られるなら、見当違いも甚だしい。


ちなみに、
こうしてチャーリーの立場に立ち返ってみると、世界平和の提案を断ったからとて何故殺されそうにならなきゃいけないのかすらも、いよいよ分からなくなってくるのだが……


あの一時のやり取りで「なら殺す」って判断即実行した少佐も流石手練れの軍人だが、やはりチャーリーの機転の効きも怖い。首締められながら「そういやこいつ腰にスタンガン付けてたな」とはならないだろ。

ていうか何でそれスタンガンだって分かるんだよ。



平穏な暮らしを守るべくリップマンの提案を即答で断ったチャーリーだが、今度はリヴェラに協定を持ちかけられる。
ALAとグロスマン博士に関する知ってる限りの情報をチャーリーらに与えた彼は「一緒に父親(グロスマン博士)を探さないか」とチャーリーを誘う。

場に割り込んできたリップマンと警察によって、チャーリーが答える前に交渉は有耶無耶になったが……もし二者の介入がなかったら、チャーリーはどう答えていただろう。
実の母・エバへは塩対応だったので、こちらもやはり、会ったこともないならただの「知らないおじさん」程度の扱いなのだろうか。





ところで、
後半は個人的にかなりショックを受けた。

リヴェラの策略により「ご近所トラブル」として火事で命を落としてしまった、ハンナギルバート。

2人の亡き骸を炎の中から取り上げたチャーリーは、何も言わずに森の中へ消えていった。

家と家族をいっぺんに奪われた。
人間社会としての拠り所を、チャーリーは完全に失ってしまったのだ。
「ヒューマンジーは人権やヒト社会に守られる必要があるのか」という問いを以前ブログに置いたが、
まさか家庭が崩壊させられるという最悪なケースによって問われることになるとは……


「よく調べて。
火が回る前に死んでた。」

二人の命を絶ったのは、
本当に近隣住民だけだったのだろうか……


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