モナドを剃刀で削ぎ落としたい───ライプニッツは何がしたかったのか
2025年12月31日。
本年も残すところあと何時間という時頃。
年末年始を「区切り」ではなくクリスマスや盆のような「点」と捉えることで「正月」という世間の空気を断絶した私は、相変わらず個人的な苦言を呈しながら哲学の勉強をしていた。かくいう私は一時的にオッカム厨であった。要らぬ概念はとにかく削ぎ落としたく、こと近代に入ってからは剃刀を片時も離せなくなっていた。
これは、そんな私を大激怒させた近代屈指の辻褄合わせ野郎との、年末最後の大一番の記録である。
私「モナドがいかにもオッカムに削ぎ落とされそうです。剃っていい?」
AI「駄目です。」
※要するにいつも通りのAI頼りです。
ここで念の為、モナドと一緒にライプニッツの哲学の全体をざっっっっくりまとめておく。その場しのぎの雑なまとめなので、ちゃんと学びたくば他媒体を活用してほしい。
【ライプニッツの最初の問い】
この世の根拠を渇望した哲学者、ライプニッツ。
彼の哲学はこんな問いから始まった。
別のあり方ではなく、
どうして世界は“こう”なってるの?
私たちの世界は、リンゴがミカンやメロンになったり、入る時はドンキだったのに出て振り返ったらアニメイトだったり、トイプードルにちゅーるを与えたら✝魔獣・キングスパニエル✝に豹変したり、突如発光する赤子が産まれたり、テニスが魔法攻撃ありブラックホールありのデスゲームになることもない。何十万円と前払いしてた美容整形外科が突如経営破産することはあれど、少なくともそういった、原因もなく突拍子もないことは起こらない。物事には必ず理由がある。経営破産にも一応理由はある。
ライプニッツはそこに疑問を抱いた。この世界は何故規則性に則っているのだ?
【“モナド”という根拠】
そこでライプニッツが(でっち上げ)考えたのが、
モナド。
モナドとは個物に宿るその個物の本質である。
例えば今私が食べている海老煎餅。
この海老煎餅にまずモナドが宿っているのだが、細かく言うと海老煎餅の材料となるもち米や海老エキス、加工デンプン、いか、食塩、かつお節エキス、着色料、唐辛子、果糖ぶどう糖液糖エトセトラにも、くまなく全てにモナドは宿っている。
更に私達で言うならまず私の肉体に宿ってるし、それとは別にその肉体を構成する細胞一つ一つ臓物一つ一つにもくまなく全てにモナドはある。「これ」と指さして規定できるもの(個物)全てにモナドは宿っているのだ。
この“モナド”という概念は、根拠そのものであるが故にかなり何でも屋さん便利ツールであった。
AIはモナドの万能性をこう説明した。
モナドは個物の全視点・履歴・述語を内包している
……正直これだけじゃ私もわからなかった。
要するにだ。モナドの役割やその個性は、そのまま万物と同じバリエーションなのである。
例えば君達が何か「これ」と指させるものを説明する時、様々な要素を用いて説明する筈だ。その要素は実は全てモナドから出ている、というわけだ。(正確では無いかもしれないが分かりやすい言い方ではなかろうか)
故に世界が規則性に従っているのは、モナドが規則性に従っているからと言える。
キリのいいところで話を戻すと、AIが剃っちゃダメと言ったのはこの万能性であった。
しかし、これだけなら皆も思うのではなかろうか。
いや、剃っちゃダメじゃん。
つまりライプニッツは、規則性を含む世の中のあらゆる根拠を“モナド”に押し付けたと言えよう。
仮にそんなものを削ぎ落としてしまえば、
規則性だけではなく、
・情報
・構造
・機能
・出来事
・エトセトラ
突如あらゆる未処理の概念が暴れ狂う。
こうなってしまってはオッカムも発狂モンである。
AIもこの点をまず指摘した。
だが私は剃りたかった。
あらゆる事象がバラけるリスクは無論分かる。だか、だからと言ってそれをでっち上げた概念に全部押し込めるのはあまりに暴論すぎる。四原因説の方がまだマシだ。あれもまあまあ嫌いだけど。
何はともあれ、私とてただの無根拠なカミソリ厨ではない。そもそもまだ未消化の問題を抱えているのだ。
私「イデアすらも削ぎ落としたオッカムだったので、モナドって根拠をわざわざ“作った”感あるから削ぎ落とせそうだなって。そもそも個物の根拠ってもう決着ついてたじゃん。」
【このもの性】
そう、
個物の根拠といえばかの実在論の臨界点・スコトゥスがとっくにこのもの性としてピリオドを打ったはずである。
ではその「このもの性」とは一体何なのか────ご存知の通り、彼はハッキリこう言い切っていた。
「わからん。」
と。
一旦拳を鎮めてほしい。
戦略的撤退、これは「分からない」という結果を示したのである。
まさに、“個物”とは他の如何様にも説明不可能な何か。存在はする。だかそれだけでは何か足りない。
じゃあ何だ。
“これ”は何だ?言ってみろ。
海老煎餅か?
いや他の海老煎餅かもしれないじゃないか。
欠けてる海老煎餅?それも何枚かあるなあ。
じゃあ今持ってる海老煎餅。
今持ってる海老煎餅は2枚あるぜ?
それにこうすればほら、“今持ってる海老煎餅”が3枚になっちまった。
真ん中?入れ替えたら真ん中は変わるぜ?
どの海老煎餅だ?え?“これ”?
そう、“これ”、“この海老煎餅”だよ。
あっ、入れ替えるんじゃねえ、この海老煎餅、“これ”だよ“これ”、そう、“これ”ッッ(全力で指差す)。
このもの性の解説はみんな、大体こういった『連呼』と『強調』になりがちである。パルメニデスを思い出すぜ。
けど、だってホントに“これ”としか言いようがないもの。海老煎餅然り、真ん中然り、今持ってるやつ然り、如何なる要素を持ってしても“これ”単体の特定は不可能。ではその要素がひとつでも変われば“これ”じゃなくなるのか?勿論そういうことでもない。
諸君にはこれでどうか伝わってほしい。個物の根拠が如何に謎めいているのかを。
マジでこれ以上掘り下げようがないのである。それ故の「分からない」。これはもう一つの「結末」であり、最早一つの真理の形と言っても過言ではないと私は思う。
が、
そこに颯爽と現れたのがライプニッツ!
彼はついに、個物にモナドという根拠を発見し、長年誰も解けなかった『このもの性』の謎を解明したのである!
────𝑭𝒊𝒏.
何してくれとんねん。
多分ライプニッツはこんな感じだったんじゃなかろうか。
何何、このもの性?あーっ、こんなトコに“分からない”っつう空白あんじゃーん。丁度いいや、ここにモナド入れちゃおーっと☆
歴史上、実在の人物とは一切関係ありません。
「見方によっては」という話は受け入れよう。
だがもし本当に、ライプニッツが本気でこれを“発見”などと言っていたなら、本気で真理を探究している私からすれば書物を引きちぎるとこだった。
ところがどっこい。
彼の暴挙はこれだけでは済まない。
モナドには実はもう一つ、はらわたの煮えくり返る特徴があった。
何を隠そう、
モナドは“神”から現れているのである。
出た。
分かる人はそう呟くのも無理あるまい。
真摯に真理を探究していた私はこの時点で憂鬱になっていた。
この野郎、『神の便利ツール化』『根拠の自作』という近代哲学あるある二大悪手(個人的見解)を見事に回収してやがる。
しかもここまでを整理すると、
・個物の根拠は“モナド”
・モナドは神から出ている
お分かりいただけるだろうか。
つまり、
個物←モナド←神
というように、根拠の根拠などという本当に真理を探究しているようには思えないようなアホの所業を平然としでかしているのである。
個物←神
これでええやん。
これには怒りを通り越して流石に笑い転げてしまった私、
私「個物の根拠がモナド、モナドの根拠が神
……そんなアホみたいなことある?」
AI「えっとね、うん。君のその感性は正常だよ。
しかもそれ、本人も自覚しながらやってる。」
────曰く、
ライプニッツにとっても、これはかなり苦肉の策だったようだ。
では、こんな悪手を積み重ねてまで彼は一体何がしたかったのか。要するにライプニッツは、説明を意図的に止めたかったのだ。
もう一度先程の悪手構図をご覧いただこう。
個物←モナド←神
ではここからカミソリでモナドを削ぎ落とすとする。
個物←神
やはり、一見何も付け入る必要が無いように思える、が。
ライプニッツからすれば、これでは理由なき事実が世界に大量発生するらしい。
これには少々回りくどい説明が要る。
その為にまず、彼ならどうするかについて触れてみよう。────そう、オッカムだ。
個物と神についてオッカムはどう説明したか、実は彼、“個物”と“神”の関係については一切触れていなかった。
その代わりと言っては何だが、彼は個物含む全てのものをこう説明している。
たまたま神がそうしたから。
この世が規則的であるのも、なんだかよく分からない個物が存在するのも、そんな世界が回ってるのも全部、神がそうしたからそう。というか彼の主張としては、寧ろそれ以上に理由を見出してはならなかった。なぜならその“理由そのもの”によって神の万能性が制限されるから。これはオッカム的に真っ向からの矛盾である。
つまりオッカムの神は究極に万能であり自由なのだ。そしてまさに、それこそがオッカムの真理。神なんて何でもできるんだからどうとでもなる。オッカムは神の自由に全ての根拠を委ねたのだ。
そしてその自由度が、
ライプニッツの逆鱗に触れた。
根拠が“たまたま”な訳あるか
説明なくして何が根拠だド阿呆
ここが二者の決定的な違い。
ライプニッツはとにかく説明がほしかった。
無論オッカムの説明なら、
・どうして規則性が存在するのか
・個物はどうして個物たりえるのか
・どうしてこの世界はこうなのか
等等、まるで何も説明できてない。まあそもそもしてないからね。
もしかしたらライプニッツは、
「じゃあ何か?お前明日急にテニスが魔法攻撃ありブラックホールありのデスゲームになっても文句言わないな?そういう説明不能なコト起こっても認めることになるぜ?」
でもきっとオッカムは、
「まあ有り得なくはないよな。」
ライプニッツ、
「キイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!」
まあいくらなんでも、「神だからなんでもアリで納得しろ」で切られたら、彼にも同情の余地があるんじゃなかろうか。
という訳で、どうしてもこの世の原理の説明が欲しかったライプニッツ。
突然だがここで、ブログの最初の方を思い出して欲しい。
我々の世界は、みかんはリンゴではないし、ドンキはアニメイトではない。各々の定義には各々の定義がちゃんと収まっている。
何故こんなことを確認するかって?
ライプニッツ的にはそうじゃない世界もあるからだ。
赤くてシャリシャリしてるみかん、いや黄色のみかんとかでもいい。あとは青々としててアニメグッズばっか売ってるドンキ、この場合ドンペン君は逆にアニメイトの方にいるかもしれない。
言われてみれば、別の可能性として有り得るのは何となく納得してもらえるのではなかろうか。
───では、この二つの世界は同時に存在するか?
・赤くてシャリシャリしてるみかんとオレンジ色の房別れしてるみかん両方ある世界
・ドンペン君がアニメイトとドンキに二股かけてる世界
いや正直まだ弱い。
・西から昇る太陽と東から昇る太陽が両立する世界
・リンゴはみかんであり、且つまたはアニメイトでもドンキでもある世界
これならどうだろう、もはや原理的に不可能である。
簡略化するとこう、
A=notA
AはAの本質を否定できない。ちなみにこちらは無矛盾律という論理学上のルールにも反する。いわゆる矛盾である。
そしてライプニッツもここに制約を入れた。Aさんが生きてる/死んでる、オッカムが哲学者である/哲学者ではない等、別の事象が同時に重複し存在してはならない。
この無矛盾により成立する世界諸々を、ライプニッツは“共可能性”とした。
この共可能性によって“矛盾”は乗り越えたわけだが、それでもまだ『テニスが魔法攻撃ありブラックホールありのデスゲームになる世界』ではないことの説明にはならない。
なぜならこの世界にはテニスもブラックホールも存在する。魔法だって分解してしまえば光とか炎とかだ。それ単体は全然存在するし、これらは現にこの世界に両立している。問題はその関わり方。何故この世界はテニスボールが発光したり燃えたりしないのか、だ。
ライプニッツはこう解く。
神はこの世界を“選んだ”。
テニスに魔法攻撃を使う世界も、アニメイトがドンペンに乗っ取られた世界も確かにあったろう。
だが、ライプニッツは『この世界でなければならない必然性』をこのように見出した。
最も単純な法則から
最も豊かな多様性が生じる世界
1+1=2でなければならない、その法則に則って2+5=7でなければならない。
炎は熱と光が集まるところに発生するのであって、何もないところから炎は出ない。
さりとて「人間はカレーしか食えない」が仮に絶対法則だとしたらそれはあまりにも虚しい。我々はラーメンもずんだ餅も食べる。
故に、神が選んだのは最も多様性のある単純な法則、そしてそれが成立する世界。私のような哲学をやる人間がこの世の美しさを見い出せるのは、このおかげである。
このただ一つ神が選んだ我々の世界を、
ライプニッツは“最善世界”と呼ぶ。
───正直、私はここで終わってもいいと思った。
少なくとも、下記の問いへの答えは出たのだ。
ライプニッツはそこに疑問を抱いた。この世界は何故規則性に則っているのだ?
違う事象が重複せず、矛盾のない世界。
更にその中でも最も単純かつ多様性に富む法則を持つ世界。
つまり神は、規則性のある最も美しい世界を選んだのだ。
「これで全部説明つくじゃん」と思った方も多いのではなかろうか。私もそう思う。
だがライプニッツは、さらにこう問うのだ。
────で、選んだ“後”は?
神は完璧な世界を選んだ。だからこの我々の世界があるという理由は納得できる。だが、これだけでは神は選んだだけなのだ。
矛盾がなければ十分?美しい法則性があれば十分?実はそんなことはない。
もしかしたらあなたの中にも、消化しきれていない揚げ足のような問いが残っているんじゃなかろうか。
「それ、ドンペン君がアニメイトじゃない理由にならなくない?」
この世界は神に選ばれただけ。あとは放ったらかし。少なくとも神は干渉していない。(※ライプニッツ曰く「神が選んだ完璧な世界、故に手直し不要」なので「神がずっと管理してる」方向には行きませんでした。まともに掘り下げると逸れるので詳細は省く。)
「それでいいじゃん」と思うかもしれない。オッカムもきっとそう言う。ドンペン君がアニメイトにいてもいいじゃんと思うかもしれない。確かに我々としてはデザイン上とかちょっと違和感だが、だからとて法則にも反しないし矛盾もない。だが、だが現にドンペン君はアニメイトではなくドン・キホーテにいるのだ。
ライプニッツはその、「何故このような世界になっているのか」の根拠が欲しかった。だが神の役割はもうとっくに終わっている。これ以上仕事させるわけにはいかない。
じゃあ他に何か、今の世界の在り方を確定させている別の何かが────。
作るしかねえ、新しい“概念”を。
新しい概念────そう、“モナド”である。
ここで一旦、これまで提示したモナドの役割を整理する。
・モナドは神から現れる
・全ての個物にモナドが宿っている
・個体の特徴や要素は全てモナド由来
で、これを無理矢理ストーリー仕立てにするならこんな感じである。分かりやすく抽象化し且つ筆者独自の解釈も混じえているため所々順不同だったりする。あくまでイメージ。
①まず神の中にモナドがある。
↓
②モナド達によって矛盾のない世界が幾つかできる
↓
③その中から神が一番完璧な世界をひとつ選ぶ
↓
④選ばれた世界がモナドと一緒に神から現れる
繰り返しになるが、ここまでなら世界が「誕生した理由」は成立する。だが問題はその後、「何故世界はこうなのか」に対する根拠は示せない。
実はもう一つ、モナドにはこの“穴”を埋めるための性質がある。
・モナドは互いに作用しない
各々が多種多様な要素となっているモナド。
実はそのモナド達自体は、お互いに一切影響し合うことなく変化している。噛み合っているわけでも、また反発しあっているのでもない。
更に忘れてはならない点が、このモナド達は最初からそうなるように作られていたということだ。
ここは結構勘違いしやすいポイント。
実は、作られたあとで他のモナドとのランダムな影響で変化し合っている“のではない”。“ランダム”という言葉をライプニッツはとことん嫌う。だから潰す。
そのために彼は、変化の方向性すらも各々のモナドに押し込めた。(前半で“モナドは法則性も含む”とさり気なく言及したがこのことである)
つまりそれは、過去・現在の在り方、そして未来永劫までも、全てモナドによって折り込み済みということになる。
これがライプニッツが目指した、全ての事象の辻褄合わせ、その結果の、“偶然”の完全否定。彼はこれを“予定調和”と呼ぶ。
我々も日常で使う言い回しである。
【余談】
───ライプニッツの本当の想い
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