【随筆】エコ野郎は五十にして
タイムラインには山火事に水害。スマホの電源を切れば真っ暗な画面に映る憂鬱なオランウータン。いや俺か。エコ野郎はもうすぐ五十になる。ブラウン管を通して熱帯雨林が焼かれる映像に涙したのはガラスの十代。もうアラフィフだなんて自嘲気味に笑っていたが、いざ五十路を目の前に怖じけずく。どっぷりとニッポンのおっさん。こんな国のマジョリティ、気候危機の加害者じゃないか。
「ごちゃごちゃ言ってる時間があったら一問でも問題を解くんだよ」
びくりと肩を揺らせば、愛妻が受験を前にした愛息に声を荒らげていた。
「面接?そんなの言いたいこと言えばいいんだよ。あんたが落ちるわけないでしょ」
愛妻は愛息に対する説教と信頼のバランスがいい。愛息が大学を目指すのは親に行ったほうがいいと言われたから。面接で語れるほどの動機はない。
「私たちに未来がないとしたら、学校に行く意味はありません」
グレタ・トゥーンベリちゃんの言葉を思い出し、愛息がそんな啖呵を切ったら面白いなどと無責任な妄想を描く。
今、この国では若者気候訴訟と気候正義訴訟、二つの裁判が立ち上がっている。若者は電力事業社10社を訴え、比較的高齢な大人たちは国を訴えている。電力事業社は、自分たちのCO2排出なんて世界から見れば僅かだと、相変わらず大海の一滴論を主張している。そして、この国には、事業者のCO2排出に対して拘束力を持つ法律がない。そこで大人たちは気候正義訴訟を通じて国に立法不作為等を訴え、若者を後押ししている。
愛息の未来を守りたい。できればいとも容易く。俺もごちゃごちゃ言ったら愛妻が背中を蹴っ飛ばしてくれるだろうか。
気候正義訴訟は、第三次提訴に向けて新たに原告を募集している。

