Youtubeアニメクリエイターになった私の今とむかし
4年ぶりのnoteの投稿です!
久しぶりになんか書きたくなったので、
Youtubeアニメのクリエイターとして働いている近況報告と
自分がなぜクリエイターになったかという話をしようと思います
クリエイター関連の方は何かしら共感していただけるポイントが多いのではないでしょうか
もしくは1人の人間がどのような生き方をしてきたかというドキュメンタリー的な読み物として楽しんでいただけるのではないかと思います。
①🐻の近況
この4年間、🐻(←私です)はSNS関係の会社にクリエイターとして入社しました。
そこでYoutubeアニメの原作作ったり、脚本家、アニメ監督として仕事をしていました。
仕事はリモートで自分の部屋。
腰痛防止で基本ずっと立ってます。
スタンディングデスクを買うお金がもったいないので
一人暮らし時代に買った冷蔵庫の上にノートPCを置いてます。
今やっているのはYoutubeアニメ「ペケペケ!ペケッツくん」の脚本、
ショートアニメ「デカデカ!デカボー」の脚本と監督、
ちなみにデカボーは原作者でもあります🐻
目の前の子どもの幸せを考えて仕事をしていた学習塾時代。
今は不特定多数の子どもたちをワクワクドキドキさせるために働いている。
種類は違うけど、どちらもやりがいがあって楽しいです。
②なぜクリエイターになった?ー小さい頃の🐻ー
物心ついたころから「妄想」が好きで
枕に顔を埋めて見える風景をずーっと眺めては
そこにお城を浮かべたり、図形を動かしたりして遊んだり
そんな妄想遊びをしながら眠りにつく子どもでした
自分の創作意欲が生まれたきっかけは中学2年生、
母の好きな安倍公房の「壁ーSカルマ氏の犯罪ー」を読んだこと。
名前を失った主人公が、最終的に物理的な「壁」になってしまうお話。
中学生の自分には難しい内容でしたが、それでも現実ではあり得ないことが起こる不思議な物語の世界に引き込まれ、深夜映画でナタリの「CUBE」を見たことも合わさって、🐻もこんなものを作ってみたいと思うようになりました
③なぜクリエイターになった?ー大学時代の🐻ー
大学生になってからは本の虫になりました
運よく、通った大学は図書館が4つぐらいあるマンモス大学だったので
古典文学を中心に手当たり次第に読み漁りました
特に好きだったのは
ホラー小説の最高峰、泉鏡花(最近誰も知らないのが悲しい……)
あの「ドグラ・マグラ」の夢野久作(闇堕ちした宮沢賢治って感じ)
推理小説を生み出した「エドガー・ポー」(江戸川乱歩の名前はここからきてる)
この辺りからホラーが好きになりました
怖いものが好きというよりは
「現実ではありえない世界」を見せてくれるのがホラーだったからだと思います
あと、ドキュメンタリーものも好きになりました
ドキュメンタリーは「現実にある自分の知らない世界」を垣間見ることができる
一番好きなのは、佐瀬稔の「残された山靴」
アルピニストたちはこう思う
「今度こそ死ぬかもしれない」「だからこれっきりにしよう。妻も子どもも待っている……」
それでも彼らはまた山に登ってしまう
お金にもならないのに、周りにも迷惑もかけるのに、死ぬかもしれないのになぜ彼らはそこまで山に駆り立てられるのか
現代の目線ではドキュメンタリーと言えないほど作家の目線と思想が色濃く出てる一冊なのですが、その分、文体が凄まじく、個人的にこの人ほど文字に魂を込められる人はいないと思っています(ちなみに佐瀬さんの遺作です)
④なぜクリエイターになった?ー大学時代の🐻2ー
大学時代は映画にも興味を持つようになりました
でも映画なんてほとんど見てこなかったのでどの映画がおもしろいかわかりませんでした
ちょうど読んだ本に「1日3冊本を読め」と書いてあったので
「じゃあ1日3本映画を見よう」
と手当たり次第に見はじめました
自分が好きな作品は
「イレイザーヘッド」(カルトの帝王デビッド・リンチ)
「椿三十郎」(世界の巨匠黒澤明)
「この夏いちばんしずかな海」(北野武作品は全部好き)
毎日3本映画を見ては、時々同じアパートの友達を夜に呼んで、
その映画について批評を延々と話す生活を送っていました
1年間で合計1000本の映画を見ました
その後演劇部に入り、大学にはいかなくなりました
毎日、クリエイティブに夢中な日々を過ごして、本当に充実した日々を過ごしました(親にはめっちゃ心配されましたが)
⑤なぜクリエイターになった?ー塾時代の🐻1ー
大学を6年半かけて卒業後、
小説を書いたりラノベを書いたりするもうまくいかず、
当時アルバイトをしていた学習塾に誘われ一度就職することにしました
働きながらなんか作ろうと思ってました
でも1年目、ベテランの塾長のいる教室に配属され
上司のパワハラレベルの厳しい環境のせいでそれどころではなくなりました
毎日深夜まで、ひどい時は早朝になるまで働き、
大量の業務と日々の叱責に押しつぶされ、
始業時間1分前まで怖くて教室に入れませんでした。
それを社長が心配してか、1年後、
「別の教室で働いてみる?」
と言われました
不思議なことに当時の私は悩みました
今、離れたら逃げたことになるんじゃないか、とか
今、自分が見ている生徒と離れてしまっていいのか、とか
そんな時、当時一番親しかった友人に相談したら、あっけらかんと
「いや、絶対移ったほうがいいって」
と言われ、それがきっかけで🐻は別の教室に移ることにしました
あの友人の言葉がなければと思うと、正直ゾッとします
⑥なぜクリエイターになった?ー塾時代の🐻2ー
その後、移った教室はこのままでは潰れてしまうような生徒がほとんどいない教室でした
生徒数は最初にいた教室の半分以下でした
引き継ぎのために当時の塾長としばらく一緒に働きました
そこで初めて知りました
なぜ1年目はあんなに業務量が膨大だったのか
それはベテランの上司が生徒のために自分の教室をアップデートし続けた結果でした
上司が考えて生み出した業務がたくさんあったんです
一方で新しい教室は、悪い言い方をすれば「仕事としてやらないといけないことしかやっていない」「自分のやりたいようにやっている」教室でした
🐻は、1年目で教えてもらったように仕事をやりはじめました
いつも通りやっているだけで徐々に生徒が増えはじめました
徐々に仕事が楽しくなってきました
どうすれば生徒にとってもっといい教室になれるだろう?
上司はずっとそれを考えて仕事をしていました
🐻もいつの間にかその思考が当たり前になっていました
でも上司はもういないので、自分で教育本を読み漁りながら教室のアップデートを繰り返しました
いつの間にか生徒数が倍になり元の教室と同じぐらいになりました
教室も広い場所に引っ越すことになりました
その頃から会社で表彰されるようになりました
最初の教室の壁にたくさん貼られていた表彰状が、自分の教室にも飾られました
自分のアイデアが他の教室でも取り入れられたりするようになり
優秀な教室として取材を受けたりもしました
⑦なぜクリエイターになった?
ー東京に行く〜現在ー
仕事で評価されるようになってから、自分に自信が持てるようになり、
すると元々好きだった「クリエイティブなことをしたい」という気持ちが再燃しはました
30歳を機に東京へ引っ越し、他の塾で働きながら、色々と将来について考えていました
その後、コロナがきました
色々考えて、この環境で塾で働くわけにはいかないと思い立ち
塾を辞めました
その後、友人のつてもあり、
現在所属しているアニメチームのリーダーからの誘いで仕事をもらえるようになりました
最初は単発で、脚本やイラストの仕事をしていたら、
今度は社員にならないかと誘っていただきました
それから今日までの4年?5年?
BitStarという会社でアニメを作り続けています。
⑧なぜクリエイターになった?ー東京に行く〜現在ー
🐻は好きな言葉の一つに、松下村塾を作った吉田松陰の
「至誠」
という言葉があります
その意味は
「置かれた場所で咲きなさい」
「目の前のことを全力で」
です
そして、この言葉とセットで大切にしていることばがあります
それは茨木のり子さんの詩のことば
「自分の感受性ぐらい 自分で守れ ばかものよ」
どんな環境でも誠実に全力で子どもたちのために働く
でも時にはクライアントやプロデューサー、会社のいろんな事情で、自分がいいと思っているものから修正しないといけない状況もあったりします
また自分以外におもしろいものを作る人もたくさんいるから、このままじゃダメなのかもと自分を否定したくなる時もあります
でも、だからといって自分の感性を疑ってはいけないし、迷ってはいけない
どんなおもしろい作品を見ても、どんなに周りから否定されても、
自分が生み出せる「おもしろい」の背骨を自分で折ってはいけないと思っています
でも、それは「おもしろい」に自分が100%の責任を持つ覚悟がないとできません
自尊心が高くても、威張っているようでも
自分の作品が一番おもしろいと信じること、そうなるように努力し続けること
でも疲れたら無理はしないこと
今、🐻は塾時代に出会った子どもたちの顔を思い浮かべながら、彼らが喜ぶものはなんだろうって考えながらアニメを作っています
毎週何本のおもしろい脚本を考えるのはつらいし、くるしいですが
自分で選んだ苦しさだから耐えられます
という感じで長々と一人語りをしました。
せっかく読んでいただいたので
「アニメ作ってる人ってこんな人なんだ」と新たな発見があったり、
「自分の知らない世界のお話おもしろい」など、何かしら楽しんでいただけたなら幸いです。
ここまで読んでいいただきありがとうございますっ🐻🐻🐻🐻🐻🐻
(ちなみにAI最近流行ってますが、全部手書きで書きました)
いいなと思ったら応援しよう!
ここで得たお金は全て私の仕事道具になりますので、ご支援いただけると幸いです。もちろん、生活に余裕のない方は大丈夫です!