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変わらぬ気持ちで応援を


12年応援していたアイドルが結婚しました。

結論から言うとこれからも応援していくことを
決めたのですが、
この結論が出るまで自分なりにすごく考えて、
向き合って。それはそれは苦しい時間でした。

もう二度とこんな気持ちで過ごしてたまるか、と
思う反面
思い振り返るのは「濵田さんが今までくれたもの」
「濵田さんの好きなところ」ばかりで、
プラスの感情に目を向けることができたので
この時間があって良かったと思いました。

濵田さんをこれからも応援していく。

これがわたしの結論。
いつか揺らぐ日がくるかもしれないけれど、
今、この瞬間の気持ちを残しておきたかったので
ここに記します。


そしてここから先は
「濵田さんがわたしにくれたもの」や
「濵田さんの好きなところ」の主観的な話を
夜中のセンチメンタルタイムに書きなぐるので
興味のない方は引き上げてくださいね😹




普段、昨晩のご飯を聞かれても即答できないし、
イオンに停めた車の場所も忘れるような
記憶をその瞬間に置いてくるわたしが、
濵田さんを好きになったあの日・あの感情と
その日の天気まで忘れずに覚えていられるのは
濵田さんがわたしの人生を『彩る人』だったからです。


そんな濵田さんがわたしに与えてくれたのは、
モノクロの世界が一瞬でカラフルになるような
派手なものではなく、
モノクロの世界にポツポツと静かに色を付けてくれて、
その色の名前もひとつひとつ教えてくれるような
ささやかで、小さくて大きい愛でした。


大学に進学するときも、卒業試験のときも、
国試のときも、就職するときも、
"小さな絶望"がそれなりにあったわたしの人生に
濵田崇裕というアイドルの存在は
太宰治が言うところの※『夏に着る着物』でした。

(※太宰治 /短編小説『葉』より
「死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目が織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。」)


死を一種の処世術だと考えていた太宰にとって
夏物の着物が生きる理由であったように、
日々生きるために働くわたしにとって
頑張れる理由はいつだって濵田さんでした。


コンサートや舞台で会えることはもちろん、
供給されるすべてが嬉しくて。

濵田さんを通して知るまだ見ぬ世界が楽しくて。

CDTVでの披露曲が「Shhhhhhh!!」だと分かれば
放送当日の職場では発言の一部が
「そうでShhhhhhh!!た」と引っ張られたり、
Depthが家に届く日は「そうDepthね」になったり。

日常がうるさいくらいに『濵田崇裕』に
彩られていて、
それはそれはとても愛おしいものでした。

今思えば、だからこそ、
結婚発表報告文の
「今後とも変わらぬ応援をいただけますと幸いです。」
に激しく囚われてしまったのかな、と思います。

絶対にこれまでと同じ心持ちで応援はできないから、

濵田さんの言う「変わらぬ応援」ができないから。

濵田さんが伝えたいのはそうじゃないことは
分かるのに、分かりたいのに。

色を付けてもらった『これまで』がなくなるような感覚と、濵田さんの求める「変わらぬ応援」ができない人はシャットアウトされたような気持ちに襲われることが怖くも悲しくもありました。


だけど、
これからどうしたいのか、どうするべきなのかも
分からなくなって悩んでいたときに、
Threadsで同じ濵田担さんの方々からDMや
マシュマロをいただいて。

そこにあったのは"悩んでいるこの状況を咎める"でも、
"焦らす"でもなく、ただただ寄り添ってくださる言葉と
たくさん悩まれて出したのだとお見受けできるそれぞれの結論と"決意表明"でした。

【応援していたアイドルの結婚発表】という緊急事態で、自分のことしか考えられないと思うのに(というか自分のこと以外なんて考えなくてもいいのに)こんな状況下でも相手を思いやり、精一杯心を寄せてくださる皆さまに救われました。

あのときDMやマシュマロを送ってくださった方々が今このnoteを読んでくださっているかは分からないですが、本当にありがとうございました。

丸出しで綴ってくださったあたたかく芯のある言葉に、自分の好きなもの・気持ちに正直でありたいと思えました。



わたしは濵田さんが好きです。



2014年、濵田さんを知ったあの日から
2026年8月8日までと同じ心持ちで
応援することはできないけれど、

「濵田さんが好き」だという気持ちは
一切変わらないから。

濵田さんの「変わらぬ応援を」には
「変わらぬ(気持ちで)応援を」のスタンスで
向き合っていきたいです。

観てきた映画や読んできた本、聴いてきた曲が
その人を形成する養分や感性の一部になるならば、
わたしにとっての礎は紛れもなく
『濵田崇裕』という人間で。

今までおこったわたしの"小さな絶望"に、優しく柔らかい一輪の光で在り続けてくれた濵田さんの結婚は
間違いなく"大きな絶望"であったけれど、そんな絶望も大切に抱きしめて希望に変えていきたい。

この経験もまた然り
わたしの人生謳歌の養分になることでしょう。

彼らが定年になっても『ええじゃないか』を
歌っていたいと言うのなら、
わたしもそんな彼らに向けて
『(応援してて)よかったじゃないか』と言っていたい。


"好きだよってさ ただそれだけ でもそれが全て"

わたしの「好き」が濵田さんの「全て」になり、
「僕も僕が好きだ」と言ってくれるのなら。

これからも変わらない「好き」を伝えていきたい。



大好きな濵田さんへ
笑っててね