なぜ私は言葉や写真を残したいのか。|記録|エッセイ
今年の初詣家族と広島にある宮島に行ってきた。
朝早くに起きて準備して、車に乗って出発した。
起きるのがとても早かったからまだ幼い二人の弟、高校生の妹に二十四歳の私、母は車に揺られながら寝ており、運転は父だった。
出発してから割とすぐ寝ていた私は夢を見た。幼い弟二人が奇声を出しながら私のもとへ寄って来て私の顔をモギモギされ、遊んでいるのに遊ぼ遊ぼと一生声をかけられる。私のそばでジャンプし、高い所から私に向かって飛んでくる弟。
『恐竜ごっこしよう』 『公園行きたい』 『変顔して』
と様々な要求をされ夢の中で私はただひたすらに弟達のリクエストに言うことを聞き、かなりカオスな状況だった。夢じゃない現実でも日常茶飯事カオスなことは変わらないが、夢の中だと私はジャングル出身なのかっていうくらいだった。
ちょうど良いところで私は目が覚めて、外を見るともう広島に着いていた。駐車場に車を停め、宮島行きのフェリーに乗った。私が小学生の頃、港の校外学習に行った時も大きな船に乗った記憶がある。
けど家族でフェリーに乗るのは初めてだったからどこか新鮮な感覚だった。宮島に着き歩いているとそこら辺にうろついている鹿がいることに気が付いて
真っ先に鹿の元へ駆け寄り写真を撮った。
それから家族と厳島神社にお参りをし、宮島散策した。牡蠣の土手焼き、生牡蠣、紅葉の天ぷら、でっかいたこせんべい、クッキーや和菓子がトッピングされたアイスクリームなど沢山食べ食欲は満たされた。家族と色んな場所を歩いて、迷って、冒険した。
すっごく長い階段があり登ったら景色が綺麗に見える場所でそこで家族と写真を撮った。沢山歩き沢山食べお土産屋さんで私は綺麗な紫陽花の栞を買った。
なんか良いのないかなとうろうろとしていたらこの綺麗な紫陽花の栞が目に入り一目惚れしたのだ。
それからは本土の方へ戻り広島の方を散策した。
家族と広島の原爆ドームとその先にある資料館を見に行った。中に飾られている物達はすごく私の感情を乱された。服や三輪車や人々たちが使っていたもの当時の物達を見た瞬間すごく悲しい気持ちになった。
ボロボロになった服や靴、原爆を落とされるついさっきまでは家族や、友達、先生、沢山の人達が生活を送っていた時にそれは一瞬にして壊された。
まさか自分がこの瞬間にしてこれからの未来を壊されるなんて夢にも思ってなかったはず。
原爆が落ちる前までの事を考えていると、ハンカチで涙を拭く余裕がないくらい涙が止まらなかった。
原爆で生き残った人たちは放射線の影響で病気になり長くは生きれなかった。生き残った人達は家族や友達、亡くなった人たちのために生きていたいって思った人は居たはずなのに、その希望さえ失った。
色んな資料や展示されている物を見る度に心がえぐられて見ていられず目を逸らしてしまった場所もあった。特に放射線での影響で病気を患った人たちの写真が展示されているところはすごく辛かった。
原爆が落ちる前まで家族や友達、学校の先生、親戚の人、結婚してこれから家族として過ごそうとしていた人たち、お腹に赤ちゃんが居た妊婦さん、その場に色んな人がいて穏やかに暮らして、それぞれ色んな人がその時に感じた楽しい時の感情、喧嘩して悲しくなった時の感情、家族と一緒に居られて嬉しいという感情、その時感じた事ってその時の時間で残せたとしても、原爆によってトラウマを抱えた人たちはショックでその前の事を思い出せなくなってしまうから、その時感じた温度は何も残されずに消えてしまう。
大切な人を失って、あの時感じたことすら思い出せなくなる方がよほど辛い。
だからそんなトラウマを抱えながら人生を生きようと全うする人は本当にかっこいいと思う。
今私達がこうやって家族や、友達と暮らす事ができて、新たな出会いがあるって本当に奇跡だと思う。
日本に限らず世界にいる人たちみんなずっと辛い過去がないまま生きてきたことはない。
みんな何かしらトラウマや辛い記憶があって生きてきて、それを受け止めてくれる人との出会いがあるからこそ人は生きていける。だから受け止めてくれた人を裏切ってはいけない。原爆で亡くなった沢山の人たちも、これからの人生を生きていく人達、自分の身の回りの人たちを大切にして自分の人生も大事にして生きてほしい。
これからもずっと見守っているよ。ってメッセージを残してくれたから日本で生まれた人たちは原爆で亡くなった人たちの事を忘れてはいけない。私たちが何歳になっても原爆ドームの事を覚えてるのは、原爆で沢山の人が亡くなった、これからの生きるはずだった未来を失われたという曲げられない事実があるから言葉、建物、遺品、資料として形になって残されて初めて次の世代に渡せるようになる。だから亡くなった人たちが最期に残してくれたメッセージを受け取って、これから未来がある人々たちに繋いで大切にして生きていきたい。
今私がなぜこうやって文字として感情を残したり、写真も撮ってSNSに投稿したりし始めたのか振り返って見た。私も数年前までは辛い過去があって今となってはその記憶は私を前に動かせてくてたものだけど、それまではずっと下ばかり見ていた。
けれどどんどん私の心が解放されて行っていつしか前を見れるようになっていた。そのころの写真フォルダを見てみたら空の写真が沢山入っていた。
それまでもぼちぼち空の写真はあったけれど、私が高い壁を乗り越えた後の方が圧倒的に多かった。
それからインスタの写真用のアカウントに投稿したり、兼日記用アカウントとして色んな写真を載せたりしている。完全にこれは趣味だけど、その写真を見てその時の感情を思い出すのが楽しい。
どんな小さい事でもその瞬間を私の記憶と言葉に閉じ込めたい。
そう思えるようになった自分のことをすごく誇りに思っている。
