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平気なフリ

「大丈夫。」

体調を崩したとき、心配されたとき、手を差し伸べてもらったとき、
わからないことがあったとき、不安なとき、迷惑をかけたくないとき、

人が絡んだとき、迷惑をかけたくないと
どうしても、自分で何とかします!と頑張りすぎてしまう。

それは人へのやさしさなのかもしれないし、
防衛本能という、自分へのやさしさなのかもしれない。

けれど、後者にあっては、
防衛本能かもしれないけれど、無理をして追い込んでいることもある。

本当は、不安なのに、体調がよくないのに、泣きたいほどつらいのに、
壊れてしまった自分を知っているからこそ、

あの頃に戻りたくない――。

そういう感情が優先して、
自分を見て見ぬふりし、置いてけぼりにしていることもある。

自分の中では抱えきれなくなったとき、
一番理解してほしい人にぶつけたとき、
感情よりも涙がボロボロこぼれて言葉が出なくなったとき、

『泣かれても困る。』
『なんでそんなこともわからないの?』
『俺が悪いの?』

言葉だけでなく、
溜息、見て見ぬふり、机を強く叩く――そういう仕草で、
わたしの感情は受け止めてもらえないとわかったとき、

結局、自分で選択し、どうにかするしかないと思い知らされ、
時に、わたしには味方がいないのだと絶望すらも覚えた。

きっと、そういう体験を積み重ねた人こそ、
相手を大切にできる、思い遣れるやさしさがある人だと思う。

だから、人、相手だけでなく自分すらも傷つけたくない。
そういう想いが先行して、心の奥底にいる自分を
自然と追いやってしまうのかもしれない。

でも。

人は、いろいろな人がいるからわからないけれど。

人は、いろいろな人がいるからこそ。

大切な人にも、そして、自分とも、
やっぱり、感情をぶつけて話し合っていくしか、
分かり合えないのだと思う。

抱えていては、ただ、自分が消耗していくだけ。

そういう抱えすぎてしまうモノを、
少しずつ、手放す、誰かと共有する。

そして、その結果、
わたしという“自分“がより幸せになっている。

そんな成功体験を、これからは積み重ねていきたい。

「もう、平気なフリなんかしなくていいんだよ。」

いつか自分に、
そして大切ない人に、
そんな言葉をかけられるような人でありたい。

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