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【宮城】片倉小十郎と真田幸村のゆかりの地〜白石・鬼小十郎まつり

※2024年10月の内容です

白石の鬼小十郎まつりに行ってきました
お祭りのメインイベント「大阪夏の陣 道明寺の戦い」を見たほか、
傑山寺、当信寺と片倉家、真田家ゆかりのお寺、
商店街スタンプラリーや壽丸屋敷などのお祭りで賑わう城下町を楽しんできました




鬼小十郎まつりとは?

鬼小十郎まつりとは、片倉小十郎景綱が治めていた白石城を中心に、2008年から毎年10月に白石市で開かれているお祭りです

主なメインイベントは大阪夏の陣で起こった「道明寺の戦い」の再現
片倉小十郎重長と真田幸村の対決から、真田幸村の子供達を託されるまでが演じられます
東軍・西軍とも全国から応募されたエキストラや地元の小中高校、専門学校の学生、地元の方々や有志の方などみんなで作られる催し物です

●鬼小十郎まつりホームページ

今年も「応援のぼり」やスタンプラリーなどが行われており、町中を挙げてのお祭りになっております

引用:https://onikojuro.jp/topics/125/

また今年は白石市70周年の年にもなります
白石の魅力や特産物がたくさんつまったロゴマーク
素敵ですね



白石市文化体育活動センター・ホワイトキューブ

ゲーム・戦国BASARAの伊達政宗像

まずはここからスタート
この像があるのは、新幹線の通っている白石蔵王駅の方にある多目的ホール、白石市文化体育活動センター(愛称・ホワイトキューブ)

東日本大震災にて天井が大崩落し、復旧工事が続いていましたが…
今年、2年半の工事を経て2024年10月に復旧完了しました

●震災の時の様子

今回の鬼小十郎まつり、BASARAの片倉小十郎の声優・森川智之さんのトークライブイベントが復旧完了すぐの柿落としイベントだったようです
お祭りの時期に間に合ってよかったねえ

きれいに復旧したホワイトキューブ

この他にも、白石駅前にある小十郎プラザや白石城天守に戦国BASARAの伊達政宗の刀の鍔や兜が寄贈されています
ちょうどゲームの戦国BASARAのリリースが2005年なので、ずっとご縁が続いているんでしょうね

●戦国BASARAホームページ
https://www.capcom-games.com/ja-jp/series/sengokubasara/


さて、白石蔵王駅近くのホワイトキューブから循環バス・キャッスルくんにのって移動します

●キャッスルくん

市民バス・キャッスルくん

ゲーム・戦国BASARA4の、片倉小十郎・真田幸村が描かれています
すごいな〜本当に市全体で応援しているんですね


「白石」の地名の由来 神石白石

さて、駅名にもついている「白石」という名前
その由来は白石城・神明社から近くにある「神石白石」からきています

白石城と三の丸外堀にあたる沢端川(さわばたがわ)の中間に、古くから「白石」の地名の由来となったといわれる石があります。藩政時代には、石を囲むように朱塗りの玉垣をめぐらし“神石”として祀られていたといいます。灰褐色の凝灰岩で、その深い根ははるか遠くの仙台市泉区根白石まで続いている、と伝えられています。

https://shiroishi-navi.jp/detail/detail_2147/

泉区は仙台市の北にある区で、白石市とは50キロほど離れています
そこまで根っこがつながっているということから、縁結びのご利益があるそう
JR白石駅にある観光案内所でこよりを購入すると、神石白石でお参りする縁結び参りができるようです

●白石 石結び「石で結ぶ縁結び」

●白石の見どころマップ

観光案内所には、白石城下の見どころをまとめたマップがたくさんあります
片倉家にゆかりの場所をまとめたものや、歴史的な史跡、昔話にちなんだ場所など
たくさん見どころがある町なんですね

https://shiroishi.ne.jp/wp-content/uploads/2021/03/ce6e334621b0e310e54b5fd3e7301b73.pdf

白石駅

JR白石駅に到着
こちらに先ほどの観光案内所もあります

この日は電車を降りたお客さんに、駅員さんやお祭りのスタッフさんたちが一人一人にチラシの入ったビニール袋を配布していました
これは嬉しい

白石駅にある油庫
東北本線白石駅開業の唯一の建物で、明治20年に建てられました
表側はホームからしか見れないみたいです
白石駅前のポスト
上には白石城一周年の天守閣模型ポストの下には白石市70周年のロゴマークがあります

小十郎プラザ

駅前にある「小十郎プラザ」
片倉小十郎のオリジナルグッズを中心に、戦国武将や宮城県のゆるキャラグッズまで取り扱っているお店です

こちらに戦国BASARAの伊達政宗と真田幸村の刀の鍔があります
ここの一角が「ファンが作るグッズコーナー」とのこと
「戦国BASARA」の声優さんのサインや、ここを訪れたファンの方の感想ノートなどがありました

戦国BASARAならキャラクターのお人形もたくさん置かれています

ねこまさむねグッズもあるなあ
かわいい

店内はちょっと狭く…3〜4人お客さんがくるともう満員というぐらい
当日はお祭りでたくさんの人が来ていたので、かわりばんこにお店に入っていた感じでした

ねこまさむねやずんだもんのグッズも

白石中央通り商店街

白石駅からまっすぐ市役所や白石城に向かって続く通りが「白石中央通り商店街」
この通りにスタンプラリーの協賛店や、イベントが行われる「すまiる広場」、専念寺や壽丸屋敷などが連なっています

松窓乙二(しょうそう おつに)の歌碑

商店街の入り口には、江戸時代の白石の俳人・松窓乙二(しょうそう おつに)の歌碑がありました
今の岩手県の小野素郷・秋田県の吉川五明・山形県酒田の常世田長翠とともに、奥羽四天王と呼ばれた人です

松窓乙二(1756~1823)は、江戸時代後期の俳人。現在の宮城県白石市に生まれます。本姓は岩間、名は清雄。千手院の住職であった父から俳諧を学び、松尾芭蕉や与謝蕪村に私淑します。のちに江戸に赴いて建部巣兆らと交わり、重厚温和な俳風を確立しました。

https://search.homma-museum.or.jp/search/search-2373/

●白石市広報

https://www.city.shiroishi.miyagi.jp/uploaded/attachment/21848.pdf

北東北や函館などにも旅をしたそうで、この他にも松島の瑞巌寺や岩手県北上市など、東北のあちこちに句碑があります

街中の街灯には片倉家の馬印にもなっている「白地黒釣鐘」モチーフの釣鐘が下がっています
街灯のカバーも刀と駕籠を組み合わせたようなデザインでおしゃれです

この「白地黒釣鐘」を考案したのは、片倉小十郎景綱の異父姉・喜多
片倉の名が全国に響くようになど、願いを込めて弟に託したようですね

片倉家御廟所のある愛宕山(白石市福岡蔵本)には、白石城主片倉小十郎景綱(かげつな)公の異父姉であり、仙台藩主伊達政宗公の乳母でもある喜多の墓があります。(略)
弟景綱に白地黒鐘の馬印を図案し励ましたという喜多。これが片倉家の馬印「白地黒釣鐘」であり、片倉家の名が天下に鳴り響くようにとの願いや、戦死者の霊を弔うという意味が込められた彼女の意匠です。晩年をこの地で静かに過ごし、慶長15年(1610)に72歳でその生涯を閉じたと伝えられています。

https://shiroishi-navi.jp/detail/detail_2785/

この喜多さん、父親・母親がそれぞれ違う弟がおり、異父弟の片倉小十郎景綱、異母弟の茂庭(鬼庭)綱元は、どちらも伊達政宗を支えた重臣です
出来のいい弟が2人もいて、お姉ちゃんも心強かったでしょうね

現在、この釣鐘のマークは白石市の市章にもなっています
地元の人たちにも愛されているマークなんですね


専念寺

さらに商店街を進むと見えてくるのが、専念寺です

浄土真宗本願寺派で開基は慶長7年(1602)。初代景綱公に重用され、七世の頃まで片倉家より2貫文の禄を受けていたといわれます。

https://shiroishi-navi.jp/detail/detail_2343/

こちらには、法隆寺の国宝「聖徳太子像」の御分身が祀られてあるそう

毎年10月11日を「聖徳太子大祭」としてご開帳されているとのことで、地元のお祭りとして親しまれているようです
子供むけの縁日もあって楽しそう


壽丸屋敷

すまiる広場のお隣にあるのが、明治時代の豪商のお屋敷・壽丸(すまる)屋敷
とても雰囲気のあるきれいなお屋敷です

書院棟とお庭
店蔵の前

「壽丸」とはこちらのお屋敷の持ち主、渡辺家の屋号
その由来は

渡辺家の家紋が「丸に三つ丸」
→さらに外側に丸を追加=四の丸
→四丸(シマル)
→すまる
→壽丸

このような流れで生まれたと言われています

大体どこにいても絵になる燭台切さん

お屋敷は、店蔵、書院座敷、居室部、金庫蔵で成り立っています
見取り図どうなってるんだろう?

たぶんこう?

まず入ってすぐに目を引くのがきれいな和風庭園とお屋敷
絵になるなあ

この日は向かいのすまiる広場で行われるファッションショーのため、店蔵の隣の座敷と洋間は着付けやヘアメイク場所に使われており立ち入り禁止でした
きれいなモデルさんが忙しそうに行き来しています

また次の週の10/18〜20には「白石城下きものまつり」も予定されており、ここがメインの会場になるよう
きものまつりのメインイベントは「模擬結婚式&花嫁行列」毎年、実際に式を挙げるカップルを公募しているそうです

庭に面した廊下
お庭が見えてきれいです
上段の間と床の間
天井もですが、畳も床刺しにならないように敷かれています
一部小さな畳があるのはなんだろう?取り外し可能っぽい大きさ
茶の間から見た神棚・金庫
神棚には宮城県の松川だるまがたくさん飾られています
厳重な金庫
よく旧家の開かなくなった金庫を開ける番組がありますが…それによく出てくる感じのダイヤル式の金庫です
戸棚の意匠や障子のデザインなど、部屋によって違いがあります
店蔵の入り口

店蔵では「白石のあかり展」が開催されていました。蔵全体がやわらかいあかりに包まれています
特産品の白石和紙を使用した照明がたくさん

白石和紙は耐久性が高く丈夫、染め型で模様をつけたりなど着物にも使えるおしゃれな和紙で、今は名刺入れなど長く使えるものが販売されています

●白石和紙

白石和紙とは、宮城県白石市で作られる手漉き和紙のこと。伊達政宗公が和紙の原料の「楮(こうぞ)」の木を育てることを奨励したおかげで、江戸〜明治時代の白石市は、和紙の産地として全国的に有名になった。生産量が多かった上に品質も最上級で、幕府や朝廷への献上品とされていた。

https://tohokuru.jp/blogs/tohoku_column/shiroishiwashi#:~:text=*白石和紙:宮城県伝統,手漉き(てすき)和紙%E3%80%82&text=白石和紙とは、宮城,に有名になった%E3%80%82

白石和紙の紙質は、強度と耐久性に優れたものとして知られるようになり、宮内庁の重要記録用紙に指定され、現在も文化財の修理に使用されている。
そして1973年からは、東大寺で行われる 「修二会 (お水取り)」 に参加する僧侶が着る紙衣の装束を作るための和紙を納めているという。

https://nihonmono.jp/article/12212/#:~:text=白石和紙の紙質は,を納めているという%E3%80%82

白石の特産品・弥治郎こけしの灯りも
弥「次」郎じゃなくて、弥「治」郎なんですね
へえ〜
おしゃれなこけしから、「飯詰籠(いづめこ)」みたいなかわいいこけしまでたくさん

白石和紙を使用した作家さんたちの作品もたくさん展示されています
なるほど、灯りだけでなく切り絵や紙自体の造形と…こういう作品にもなるのね

●『宮城野・信夫姉妹の仇討ち』

こちらに『宮城野・信夫姉妹の仇討ち(みやぎの・しのぶしまいのあだうち)』の絵が書かれた灯りも展示されていました
一部では「鬼滅の刃」の胡蝶姉妹のモデルでは?とも言われている仇討ち話です

志賀団七と対決する宮城野・信夫姉妹

父親(与太郎)が、満千(宮城野)と園(信夫)
と共に、八枚田で田の草取りをしている最中、たまたま通りかかった白石城下剣術指南志賀団七に泥がかかり、これを怒った団七が、謝罪の言動も聞き入れず、与太郎を切り捨てる。それを知った病床の母親も病を重くし息を引き取る。残された姉妹は、江戸に出て由井正雪の門をたたき、武道の修練を積み、白石郊外において、みごと仇を討つ。

https://www.city.shiroishi.miyagi.jp/uploaded/attachment/10027.pdf

江戸時代には歌舞伎の演目『碁太平記白石噺(ごたいへいきしろいしばなし)』となり、人気演目として何度も上演されていたようです。
大河ドラマ「べらぼう」写楽の回にも、「中山富三郎の宮城野」の絵が出てきましたね。
坂口涼太郎さん演じる中山富三郎が、蔦重のお店にクレーム入れに来るシーンがありますね。

東洲斎写楽「中山富三郎の宮城野」
画像引用:https://emuseum.nich.go.jp/detail?langId=ja&content_base_id=100297&content_part_id=13


仇討ちのあらすじを表した一連の絵

こちらの物語は、白石城歴史探訪ミュージアム3階・立体ハイビジョンシアターにて上映されています
これも見て見たいなあ

●3Dハイビジョン作品
第1作 奥羽越列藩同盟秘話「賊にはあらず」
第2作 大阪夏の陣秘話「鬼小十郎帰るには及ばず」
第3作 奥州白石噺「宮城野・信夫 娘仇討ち」


蔵王酒造

地元の酒蔵・蔵王酒造
ちょうど鬼小十郎まつりの頃に、毎年蔵開きとなるそうです
大吟醸 蔵王など、蔵王の伏流水を使った清らかで澄んだ味わいの、秋の味覚によく合うお酒を取り扱っています

商店街にはスタンプラリー協賛店が多いので、あちこちよりながら歩いていきます

お菓子屋さんの高甚
笹かまぼこ屋さんの馬上かまぼこ店
時計・宝飾店のナガハシ
お肉屋さんのスズキミート
お菓子屋さんの菓匠三全
地元ゆるキャラのパネル
なんか…ぽち武者こじゅーろうくんの顔はめる穴と元の絵に無理がない??

神明社

さて、白石城のある丘の麓に到着
白石城天守閣に向かう前に、神明社(しんめいしゃ)にお参りしていきます
古くは平安時代からあり、歴代の白石領主に崇拝された由緒ある神社です
今は白石城の北にあり、領内の総鎮守として鎮座しております

本社はもと福岡村長袋に御鎮座あり、上・下神明両社わかれ立つ。上神明社は、元禄14年松前の市正安広といえる人の造営勧請にかかり、後者は、大同2年(807、平安)坂上田村麻呂の創祀と伝えられ、又、藤原秀衡、蒲生氏郷、長尾景勝の臣甘糟備後など武将の崇敬が篤かったが、慶長5年7月伊達政宗が白石城を攻め落とし、その先陣の功により同7年この城地を片倉小十郎(伊達家臣鬼小十郎)に与えたので、亘理郡小堤村より移った。

https://www.miyagi-jinjacho.or.jp/jinja-search/detail.php?code=310010144



伊勢神宮から下賜された御神門

またこの近くに片倉家の家臣、中級武士のお屋敷跡「片倉家中武家屋敷」があります

先日放送されたNHKのやファミリーヒストリー」にて、大泉洋さんのご先祖が白石の片倉家家臣だったことが判明したそう
伊達家は岩出山伊達家・亘理伊達家が明治時代に北海道に開拓団として移住しますが…
伊達家の人々だけでなく、長く仕えた片倉家やその家臣たちと、たくさんの人が開拓団に関わっていたことがわかります

当時は「行くも残るも困難」といわれた大変な時代だったようですが、それを乗り越えて縁のある血脈が今も続いているのはとても嬉しいですね


白石城

さていよいよお城に登っていきます
白石城は中世に建てられたお城で、益岡城とも
地元の白石氏(刈田氏)の居城で、豊臣秀吉の奥州仕置きから蒲生家の家臣・蒲生郷成、上杉家家臣・甘糟景継と変わり、
1602年に伊達家家臣・片倉小十郎景綱が入ります
江戸時代のお城や本丸御殿は廃藩置県で取り壊されましたが、1995年に江戸時代の白石城を元に復元したそうです

へえ〜天守だけじゃなくこの公園全体に本丸御殿があったのか…広いな
そして天守だと思ってた3階建ての建物は、あくまで三階櫓なのね
…まあ主君の伊達家のお城・仙台城にも天守閣ないのに、作ったら色々な面で問題になるだろうしなあ

小さいですが大手一の門
大手二の門
井戸や鐘楼跡
本丸跡にある「片倉小十郎景綱公頌徳碑」
本丸御殿跡

昔は「白石しろしろナビ」というアプリがあり、本丸御殿の様子が見れたのですが…
今はもうないのかな?残念

●昔のアプリでみた本丸御殿の様子

白石城天守の前に地元のゆるキャラ「ぽち武者こじゅーろう」くんがいました
かわいいね

モフモフのしっぽもかわいい

●三階櫓(天守)

白石市のシンボルにもなっている天守
メインイベント・道明寺の戦いの間は入れなくなるとのことで急いで回ってきました

天守内にも白石和紙を使った灯りの作品が展示されています

迫力ある愛宕太郎坊

この猪に跨った勇ましい鴉天狗
愛宕神社の愛宕太郎坊という天狗さんだそうです

日本の8大天狗といえば、1番・京都愛宕山太郎坊(栄術太郎)、2番に滋賀比良山次郎坊、3番・京都鞍馬山僧正坊、4番・長野飯縄山三郎坊、5番・鳥取大仙伯耆坊、6番・福岡彦山豊前坊、7番・奈良大峰山普鬼坊、8番・香川白峰山相模坊をいう。愛宕山太郎坊はその筆頭で、神通力は天地をもひっくり返すと言われるほどのパワーを持つとされる。

https://www.leafkyoto.net/makai/2019/12/atagoyama_tengu/

片倉小十郎景綱の息子・片倉小十郎重綱が大阪夏の陣の前に愛宕神社に戦勝祈願をし、見事武功をたてたためそのお礼として絵馬を奉納したとのこと
この絵はその奉納した絵馬の図柄だそう

ただ、今の子供たちには鴉天狗とはピンと来なかったようで
幼稚園児ぐらいの男の子に「パパー見てーカエルさん!カエルさん!」と言われておりました
カエルさん…まあお目目が丸くて口がとんがってるからそう見えなくもないよなあ
戦に行くこともない平和な時代だからね
平和な世に生まれた子供になら、カエルさんいわれても愛宕太郎坊さんも許してくれるだろうて

戦国BASARAの伊達政宗の兜も
こちらに展示されていました
白石市70周年の記念マンホール
復元の様子
3階の最上部
最上階から見たメイン広場

伊達武将隊の皆さんやエキストラの皆さん
あちこちにコスプレした人もいます。完成度高くて一般の人か参加者かわからない…

お昼休憩が終わるとメインイベントが始まります
まず白石市長の挨拶から、関係者の紹介
さらにアニメ戦国BASARAで片倉小十郎の声優を務めた森川智之さんが登場
2014年からずっと白石市アンバサダーを務めているそうですが、今年も白石市アンバサダーに就任
これからも頑張ってほしいですね

今年も白石市アンバサダーに就任した森川さん

大阪夏の陣・道明寺の戦い

いよいよメインイベント・道明寺の戦い
主要な武将たちや猿飛佐助の声などは、宮城県の専門学校・デジタルアーツにて行われたオーデションで毎年選ばれるそうです

<あらすじ>
慶長20年(1615年)5月5日、伊達勢は道明寺口に集結し、片山に陣した。翌5月6日未明から開始された戦闘において、重長をはじめとする片倉隊は攻め寄った大坂方の後藤又兵衛勢を迎え撃った。後藤に加勢した薄田隼人正の首を掲げ、後藤又兵衛を鉄砲で討ち取り、真田隊と大激戦となった。
この日、片倉隊は90を超える兜首を揚げ、翌7日も大坂方と対戦し60の首級を揚げる。この武功により重長自身は鬼小十郎の名を馳せ、天下に片倉隊、伊達勢日本一の評価を受けることとなった。
大坂城はかくて落城した。
この決戦の裏側に隠されたもうひとつの物語・・・
大坂城落城の前日、重長の陣所に大坂方真田隊より一通の矢文が射込まれた。
その内容は・・・。

https://onikojuro.jp/about/
まず真田幸村の西軍が入場
次に片倉小十郎重長の東軍が入場
両軍の総大将がそろいました

鉄砲隊の演技


お城の天守からやってくる片倉忍者隊

弓隊の演技


猿飛佐助と真田忍者隊

副将同士の一騎打ち(片倉軍・佐野甚内、真田軍・大塚清兵衛)


乱戦での一騎打ちの様子

最後の決戦


片倉重長へ引き渡される真田幸村の娘・阿梅姫

真田幸村は翌日の「天王寺の戦い」で討死
この後、阿梅姫を頼ってきた阿菖蒲、大八、御田姫など真田家の子供たちが片倉家に託されました
この阿梅姫が片倉小十郎重長の継室となり、阿菖蒲は伊達政宗の正室・愛姫の実家・田村家(のちに片倉へ改名)へ、御田姫は由利本荘の岩城家に嫁ぎます
男の子の大八からも仙台真田家が続いていきます
名将の血筋が絶えず、東北の地で続いていったんですね。よかった


メインイベントが終了した後は、この道明寺の戦いの後に関わる史跡
片倉家の人々や真田家の人々が眠るお寺に行ってみます

傑山寺

片倉家の菩提寺、傑山寺
こちらに片倉重長と阿梅姫の位牌も祀られています

継室となった阿梅の方は、亡父真田幸村公と亡夫片倉重長公の菩提を弔うため髪をおろし、大平の地に傑山寺の末寺としての庵を建立して「月心院」と名付け、日夜供養に勤めました。
後に月心院が廃寺となるにしたがい真田幸村公、片倉重長公の位牌は本寺である傑山寺に移転され、阿梅の方の位牌とともに祭られるようになりました。

https://kessanji.jp/history/sanada

初代・片倉小十郎景綱のお墓は、少し墓地を登ったところにある一本杉です

竹と杉に囲まれた静かな墓地です
初代・片倉小十郎景綱のお墓

立派な杉の木です。樹齢400年は経っています
こんなに大きくなる令和の今まで、白石に片倉家のお話とお城が親しまれていいると思うとすごいなあ
少し離れた場所に、片倉家代々のお墓もあります
愛宕山の片倉家御廟所には、3代目の景長の代から改葬されているそうです


当信寺

この特徴的な門、白石城の東口門を移築したものになります
こちらのお寺には阿梅姫と大八のお墓があります

特徴的な眼象窓(げんじょうまど)
本来門があった白石城の場所
本堂

本堂の裏手に回る小道
萩の花が咲いていて綺麗でした

本堂の裏手に阿梅姫と大八のお墓が並んでたてられていました
お隣は公園のようで、楽しそうな子供たちの声が聞こえていました
兄弟並んで、朗らかな子供の遊び声を聞きながら、ゆっくり休んでいるのかもしれませんね
本当に平和な世になってよかったものです


最後にすまiる広場でスタンプラリーの景品をゲット
今度は全部のスタンプ集めて見たいところですが…弥治郎こけし村が遠いんだよな〜鎌先温泉の近く…
いつか鎌先温泉の旅館に一泊できたらうれしいなあ

白石のお土産はいろいろありますが、美味しいものといえば白石温麺(うーめん)
うーめんとは聞き慣れない言葉ですが、油を使わない胃に優しい短めの麺です
最近はカラフルなうーめんもあるようで、可愛らしい

当時、浅右衛門は胃腸が弱く病弱な父親・久左衛門のため「消化が良く父が元気になる食べ物はないか」と、毎日方々を探し回っていました。
ある日、旅の僧から、油を使わず消化に良い麺の製法を授かります。浅右衛門は、早速麺作りを開始し、苦心の末この麺を作り上げました。
膳に盛った麺を勧めると、食べやすくまことに美味しい麺に父親の食欲は増し、病状も回復していったそうです。

http://www.u-men.co.jp/shiroishi_u-men/#:~:text=■人を思いやる「温かい,麺」と名付けました%E3%80%82


菓匠三全のお菓子セット
白石駅で配布されていた手提げ袋に入っていた
付箋とバッジ

御城印や御祭印など、思い出の品がたくさん
来年もまたお祭りがあるのが楽しみです

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