【岡山】九鬼正宗に会いに晴れの国・岡山に行く旅 〜岡山城、林原美術館
※2024年11月の内容です
九鬼くんに会いに、岡山へ行ってきました


岡山駅広場
というわけで、岡山にやってきました
お馴染みの桃太郎像
犬猿雉にちなんだ三振、今度はみんな軽装でうつってもらいました

今更ですが、山鳥毛さんに会いに岡山行ってきました〜
— るちあ@陸奥国 (@__luchia_) October 12, 2022
ぼちぼちまとめてあげていきます
岡山駅の桃太郎像前で写真とる、犬猿雉のお供トリオ
方角を十二支で表すと、南西にある「裏鬼門」の干支が「申・酉・戌」なので、この3匹がお供になったとの説があります pic.twitter.com/i7lSFikdqa
※以前、山鳥毛さんに会いにいった岡山の旅はこちら
↓↓
というか、岡山駅前が路面電車乗り入れ整備事業による工事中で桃太郎の銅像、一時的にお引越ししておりました
例の球体の噴水も、今度は環太平洋大学に移設されるようで、結構駅前が大幅に変わるようですね

こちらの「六高生記念像」像の位置は変わりなく
岡山駅を見上げる背中
日本の将来を背負って立つ感じでてますね

岡山大学の前身、旧制第六高等学校の創立100周年を記念して作成した像だそうで、バンカラな像です
大正から昭和にかけて活躍した小説家・内田百閒、安部晋三元総理の父・安部晋太郎氏などが卒業生になるようです
優秀な人材を輩出している学校なんですね〜
岡山城
まず前回行けなかった岡山城に向かいます
2022年11月に令和の大改修が完了し、耐震性が向上。市民や観光客のいこいの場としてリニューアルしたそうです


岡山城天守閣の主な特徴は
黒い下見板張りの外観
不等辺五角形の三層六階建の天守
外壁が黒くなっているため、別名「烏城(うじょう)」と呼ばれています
「鶴ヶ城」「鶴ヶ岡城」と鶴がつく城は割と多いのに、カラスに例えるというのは珍しいですね
五角形の形の理由は、もともとの岡山の地形に合わせて建てたところこの形になったとのこと
後楽園のある北側から見ると、その五角形の形がよくわかります
岡山城の歴史
岡山城の設立には主に宇喜多・小早川・池田の三つの家が関わっています

・宇喜多家の岡山
まずこの岡山にお城を築いたのは、宇喜多直家
豊臣政権で五大老を務めた宇喜多秀家のお父さんになります


1570年に、今よりもう少し岡山駅寄りにあった石山の地を中心にお城を築いたようです

1582年に直家がなくなり、宇喜多家は秀家が継ぎます
1590年、今の場所に岡山城を築城開始。城下町も整備されていきます

岡山城はその後、秀家が8年の歳月をかけて作り上げることになります
1597年に天守が完成しますが、1600年の関ヶ原の戦いによって西軍側についた秀家は遠く八丈島に配流されてしまいます

現在の八丈島では、八丈富士を背景に、秀家・豪姫夫婦の像が建てられています
島には秀家の子孫の方もいるようで、今も八丈島と岡山の交流が続いているそうです

宇喜多家の岡山城の遺構としては、城内に石垣が残っています
今でいう役所のような公務を行う表書院があった中の段に、宇喜多家時代の石垣が残っています。


昔はもうちょっとお城の範囲が狭かったんですね
全部埋めてその上に表書院が作られたようです
まるっと埋めちゃうというのもすごい工事だな~

岡山のおもてなし武将隊の皆さん
たまたま宇喜多秀家殿・直家殿、親子揃ってお会いすることができました

現在岡山では、宇喜多親子を大河ドラマにしよう!というプロジェクトが動いているそう
宇喜多秀家は五大老のひとりでもあったため、戦国時代のいろんな大河ドラマに登場しますが…確かに宇喜多家が主人公のドラマはまだ見たことがなかったなあ
五大老中、唯一大河ドラマになっていなとのことで、大河ドラマ実現への署名が行われています
いつか父子の物語が見れるといいですね
【🏯宇喜多大河ドラマの署名開始🎬】
— 岡山市 (Okayama_city) (@Okayama_city) October 11, 2024
戦国を駆け抜けた「宇喜多家」の大河ドラマ誘致を目指す署名活動が10月12日(土曜)10時からスタート!
WEB署名のほか、12日・13日の「集え!岡山城」イベントでもブースを設置✍
皆様の応援お願いいたします💪
■詳細はこちらhttps://t.co/FNMzamL1TP pic.twitter.com/XzfhHn5DSH
また、天守閣4階には県指定の重要文化財である雲生が展示されていました
刀剣乱舞でも2024年10月に実装されて話題になっていましたね
雲生は鎌倉時代末期に備前宇甘庄(現・岡山市北区御津)に在住した宇甘派と呼ばれる刀工の一人である。この派の作風は備前物とは相違し、備中青江物や山城物の風情がある。この太刀は横手下に染みたところはあるが、総体の地刃には一派の特色がよく示されている。また、はばき元の焼落しは雲生の個性とつたえるものであり、太刀姿にも特徴があらわれ、鳥居反りが顕著にうかがえる。

なるほど、岡山の刀匠さんだったんですね
岡山市北区御津金川、もう少し津山寄りのところで活躍していたようです

雲生(うんしょう)のキャラクターデザインをご担当いただいた 二色こぺ氏より、ゲーム実装記念描き下ろしイラストを頂きました!なお、雲生が入手できる「戦術強化訓練 ~かぼちゃ大作戦~」は11月5日(火)12:59まで開催中です△△ #刀剣乱舞 #とうらぶ pic.twitter.com/cckC38wOQW
— 刀剣乱舞-本丸通信-【公式】 (@tkrb_ht) November 1, 2024
長船派・福岡一文字派・鵜飼派の位置関係、だいたいこんな感じです。ご近所さん。 pic.twitter.com/4luZ9fkNoD
— 春雪 (@masaeharuyuki) February 10, 2025

天守閣1階の体験コーナーの打刀は、この雲生を参考に作られたそう
実際持って見ましたが…重い
持てないことはないけど、これをしっかり構えて剣術の技を素早く繰り出すとか、そういうのは無理そうです
昔の武士は相当鍛えてたんだろうなあ
・小早川家の岡山
宇喜多秀家が配流になった後、1601年に小早川秀秋が岡山城に入ります


小早川家が岡山城にいたのはたった2年ほどですが、この間に岡山城や城下町の整備など功績を残しています
近隣の亀山城や富山城から、大納戸櫓や石山門を移築したのもこの時代です
小早川秀秋は1602年に急死してしまったため、小早川家は断絶してしまいます
・池田家の岡山
1603年、池田忠継(池田輝政次男)が城主になり、ここから幕末の廃藩置県で廃藩となる1871年まで池田家が代々岡山藩主となります
池田家の時代には今の後楽園や現代の岡山市の基礎となるまちづくりを行っているようです

3代藩主・光政、4代藩主・綱政の時代に道や堀、旭川の治水工事が行われ、今の町の基礎が作られていきます

後楽園の左右を流れる旭川の流れや、百間川などが作られ洪水にも強い都市がつくられていった時代なんですね



なるほど大きな川の近くにあるお城と中洲にある後楽園が水没しないのは、こういう仕組みがちゃんとあるからなんですね
へぇ〜よく考えられてるなあ
洪水防止のほかにも、流域の排水、新しく開拓した水田の維持など、さまざまな機能があったようです
そんな池田家時代の岡山城本丸の全体模型
周りの堀の形は今とそう変わらない感じですね


本丸は本段と表向(中の段)、下の段の3つから構成されています
天守閣の前には藩主やその家族が暮らす本段御殿、西側の中の段には家臣が毎日仕事を行う表書院があり、下の段には馬屋や土蔵などがあります
重要な建物ほど中心にあるんですね
それでは、本丸の中を歩いてみましょう
目安橋
まず堀にかかる大きな橋・目安橋



ここの橋のたもとに市民の声を聴くための目安箱を設置していたそうです
ただ実際に投書された内容は藩の政治に対するものは少なく、「あそこの庄屋は悪いやつだ!」「どこそこの人は年貢を隠している!」など、個々人間のトラブルや不満が多かったのだそう
これはこれで困りごとですが、ある意味政治全体に反対する意見が少なかったというのは庶民にとっては良い政治を行っていたということだったのかもしれませんね
鏡石(鑑石)
お城に入ってすぐの石垣にあるでっけぇ石「鏡石」
岡山城にも大きな石が…



いや複数あんのかい!!
それもすごいことだなあ
ちなみに日本で一番大きい要石・大阪城の鏡石「蛸石」
これは岡山城の石垣と同じ、岡山県犬島で取れた石なんだそう
岡山藩2代藩主・池田忠雄が大阪城築城の際に運んだもので、重さ108トン、畳にして36畳の大きな石です
今でも大阪城の修復には犬島から石が運ばれていくとのこと
大阪城はまだ行ったことがないので、いつかその石もみてみたいです
犬島は石は岡山城や大阪城のほかにも、遠く宮城県の仙台東照宮の鳥居にもなっています
宮城県の伊達家二代目・忠宗の正室が池田家のお姫様・振姫だったので、その御縁ではるばる東北の地まで鳥居の石もやってきたそうです
岡山・大阪・仙台と、こんなところでつながりが発見できると面白いですね
もう先月ですが…夏越しの大祓で仙台東照宮に行ってきました
— るちあ@陸奥国 (@__luchia_) July 10, 2022
東照宮つながりで当時の近侍はソハヤくん pic.twitter.com/03rd2McGhB



表書院跡
天守閣のある本丸の西側には、表書院跡が残っています
主に政治を行う場だったようで、藩士との対面や議事を行う大広間、藩主の執務室のほか、能舞台や茶室など応接間のような役割もしていたようです
横の看板に見取り図がありますが、たくさんの部屋がある大きな建物だったよう




また廃藩置県後の1896年には岡山県第一岡山中学校(現・岡山県立岡山朝日高等学校)が、この場所に移転してきます
当時の学生たちは、毎日天守閣を見ながら勉強にはげんでいたんでしょうかね?
お城に通って勉強するというのも不思議な感じです


月見櫓
表書院の北西にある建物が月見櫓
1620年に池田忠雄が建てた岡山城の現存する建物で、国の重要文化財に指定されています

もう一つ池田家時代から現存している建物が、西の丸にあった西櫓
現在、岡山シンフォニーホールの向かいにあるようです

大きなお城の建物が400年後の今も残っているのはとても嬉しいですね
廊下門
この表書院や月見櫓のある中の段と本段をつなぐ通路が、この廊下門


この廊下門は、本丸御殿・天守閣から外に出る3つの通路の一つとのこと
表書院に出勤するお殿様の通勤ルートだったようです
…まあ、朝出勤したら早々にお殿様とエンカウントは、朝から緊張しすぎるからなあ


昔はこんな感じで、本丸御殿〜天守閣〜表書院・花畑御殿に移動できる廊下がつながっていたようです
また本段と中の段の間にある塀には丸型や正方形の鉄砲狭間が並んでいます



天守閣の博物館一階ではその鉄砲狭間から鉄砲を撃ってみる体験ができます


不明門(あかずのもん)
中の段から本段に上がる正門
ここから本段に入っていきます

今は常に開いている門ですが、江戸時代には滅多に開かない門だったそう
藩主の本段御殿に行けるような限られた身分の人が通る時しか開かなかったそうです
本段
不明門を通ると本段御殿や天守閣のある本段になります

天守閣の礎石がそのまま東側に並んでいます
天守閣の下にはこんな感じで礎石が組まれているんですね
ライトアップイベント期間だっため、礎石のところにはいけばなの作品が展示されていました



礎石の横にある六十一雁木下門、ここから旭川の「水の手」に向かうルートになるそう
階段を降りた先には櫓門があったようで、しっかり裏手の方も守りを固めていたようですね


この日はライトアップイベントのほか様々な催し物が行われており、
書道部の大型作品や琴の演奏が行われていました

夜はライトアップが行われていたみたいです
毎年秋に行われているみたいなので、来年も楽しみです
特別ライトアップイベント
— 岡山城天守閣【公式】 (@okayama_castle) November 15, 2024
本日より、秋の烏城灯源郷2024 開催!
📅2024年11月15日(金)〜24日(日)
🔽詳しくはhttps://t.co/36KEjH6vpF pic.twitter.com/8BlK9R5jyV

ちなみにお城の敷地には歯痛を治める「蓮華石」があったとの伝説があるそうですが…
今は見当たらないとのこと
どこにいってしまったんでしょう?
これはこれで気になる謎です
天守閣
お城のメイン天守閣
池田家時代の天守閣は戦時中の空襲で焼け落ちてしまいましたが、1966年に再建
さらに2022年の「令和の大改修」を行い、この度もっと楽しめるお城になりました

天守閣としては珍しく、横に食糧庫である「塩櫓」が併設されています
万が一籠城となった場合、食糧がなくなっては一大事
天守閣に食糧庫を付属させたようです
戦国時代を生きた宇喜多秀家の知恵ですね

天守閣の裏側はこんな感じ
五角形の一階部分の様子がよくわかりますね

余談ですが、九鬼くんがいるこの位置で、おじさん6人が「せーの!」でジャンプした瞬間を写真に撮ってました
学生時代の頃の同級生とかなのかな?
仲良さそうで楽しそうなおじさまたちでした

中は6階建てで、各階ごとに体験ブースやお城や岡山のまちの歴史解説、宇喜多家・小早川家・池田家と岡山城の歴史、さらに最上階には展望台があります

2階にはお殿様の「城主の間」が再現されています
当時の建具や間取りを再現しつつも、耐震性や誰もが楽しめる施設であるようユニバーサルな設計になっているようです
昔と今の良いところどり、いいねえ
それ以外にも一階にはカフェがあり、夜間は貸切にてイベント利用することも可能
お城の一部を貸切にしたイベント、どんなものか楽しそうですね
最上階の展望台からは岡山の街並みや旭川、後楽園の様子が見えます

ちなみに瓦には鯱鉾の他に「黄金の桃」があると聞いてきたんですが…
あった!!!


5階の屋根と2階の屋根に合計8個ついているそうです
天守閣には魔除けのために不老不死の象徴である桃が付けられることがあるようで、愛知県にある日本最古の国宝・犬山城天守閣でも桃瓦がついているそうです
最上階の窓や壁紙は古写真から再現したそうで、部屋の間取りや華頭窓はもちろん、壁紙なども当時の模様を復元したとのこと
その一方で、耐震性も兼ね備え、新たに四隅に柱を追加したり階段を真ん中にしたりと新しい構造になっています


何の模様なんだろう?花火みたいな形です
塩櫓は忍者コーナーになっていました
一階と二階がぶち抜きになっているため、天井が高く開放感ある空間になっています
本当に忍者が飛び回れそうなぐらい広いですね

忍者になって敵城に忍び込むゲームもありました
忍び込むのに適切な服装や道具を選んで、敵の城に忍び込むのですが…これがなかなか難しい
クリアできませんでした…

新しくリニューアルした岡山城、とっても楽しかったです
歴史的な史跡というだけでなく、今現代の市民の憩いの場にもなるお城というのはいいですねえ
旭川クルーズ
そんな岡山城の周りを流れる旭川
この旭川からお城を見れる遊覧クルーズがあります
不定期ですが、おかやま武将隊の宇喜多秀家殿が案内してくれる「殿クルーズ」もあるようですね
殿が案内してくれるとか、楽しそうです
早速旭川を下っていきます
岡山名物桃流れ…桃ボートもいくつか流れています


『ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず…』
ってあれ?

なんでや???
今日は波が穏やかだったため、鏡に映ったような逆さ岡山城が撮影できました

こちら側からみると、本当にお城の形が五角形なのがわかりますね

また烏城公園側からはなかなか見れない岡山城の東側
旭川クルーズではこの部分も見ることができます

意外とスリムですね…
なんでなんだ??

一方の幅が極端に狭いって、なんか丸亀城と同じ作りですね
ちょっと理由が知りたいです
にっかり青江くんのいる丸亀城について
— るちあ@陸奥国 (@__luchia_) June 25, 2022
丸亀城天守閣を本丸から見た時に、
「あれ?下で見上げた時より意外とこじんまりしてるな?」と思った方、その感覚当たりです
丸亀城は城下正面からみた側が長さが長い+ 三角形の入母屋破風をつけているので、丸亀駅方向から見ると大きく見えるのです pic.twitter.com/38W1hy1BEN
お城の反対側の岸にあるのが後楽園です
後楽園ものどかで広々したお庭で、とても良いところ
また行きたいな
↓↓後楽園に行った時の旅はこちら

この水辺のももくん付近が、朝ドラ『カムカムエヴリバディ』のロケ地だったようで、主人公の安子と稔が自転車の練習をしていた場所だそう
放送中にはファンの方がここまでやって来ていたみたいです
さらに相生橋と新堰管理橋まで向かいます


6〜9月の間、農業用水を確保するためにゲートを下ろして水を堰き止めるのだそう

広い方を堰き止め東側の細い川に水を流し、農業用水を満遍なく行き渡らせる役割があるそうです
江戸時代からの治水工事の結果が今も新しい技術を使って引き継がれているんですね
さて、親堰の前でUターンしてお城を通り過ぎ、今度は鶴見橋の方に向かいます
この鶴見橋は京都の平安神宮や米沢の上杉神社社殿を設計した伊東忠太氏が設計に関わっているとのこと

上杉神社前にて、姫鶴さんと五虎ちゃん
— るちあ@陸奥国 (@__luchia_) June 28, 2023
ちょうどお手手繋いでるように撮れるのでなんか可愛い
上杉神社は上杉謙信を祭神として明治4年に建立された神社です
江戸時代はずっと二の丸の法音寺にて謙信公が祀られていましたが、明治時代に上杉家廟所にお墓が移った際に神社として建てられたそうです pic.twitter.com/e8kB7sn6Gw
この鶴見橋、下をくぐるときに絵画のような綺麗な光景が見れます
合わせ鏡に映ったような、連続する額縁のような不思議な光景です

岡山の後楽園に向かう鶴見橋
— るちあ@陸奥国 (@__luchia_) January 1, 2025
旭川クルーズに乗ると、合わせ鏡に映った絵画のような光景が見れます
橋下はなかなか見る機会のない場所ですが
きちんと考えて設計されているんですね pic.twitter.com/YvfYP7wBiU
普通に後楽園に向かうとこの橋下を見ることがないため、観光で訪れる人にとってはあまり知らずに通り過ぎてしまうポイントです
現在は歩道が追加で併設されたため、右側に白い橋脚が足されていますが…それでも当時橋の下まで綺麗に見えるよう考えて設計された雅な橋だということがよくわかります
岡山神社
旭川クルーズの乗り場からすぐ近くにある岡山神社
ここの御祭神は「桃太郎のお姉さん」とお聞きしたのでやって来ました

御祭神
主祭神
倭迹迹日百襲姫命「やまとととびももそひめのみこと」
第七代孝霊天皇の皇女であり吉備津彦命の姉。
霊能力が強く聡明で叡智に長けており、
予言や託宣などで疫を治め、 武埴安彦の謀反を未然に防ぐなど、
崇神天皇の治世の時に重要な役割を果たした。
なるほど
桃太郎のモデルになった吉備津彦命のお姉さんだから「桃太郎のお姉さん」ってことなんですね
奈良県にある箸墓古墳は、この倭迹迹日百襲姫命のお墓とされ宮内庁が管理しています
へえ〜東京国立博物館のハニワ展にも埴輪や副葬品が展示されていた有名な古墳だけど、岡山や桃太郎に縁のある方だったんだねー
ちなみに、四道将軍とは『日本書紀』に登場する王族で、崇神天皇の命を受け、北陸、東海、西道、丹波の制定に向かった大彦命、武渟川別命、吉備津彦命、丹波道主命の4人の神様になります
— るちあ@陸奥国 (@__luchia_) May 27, 2023
そのうち、中国地方に向かった吉備津彦命は吉備津神社に祀られ、桃太郎のモデルとなっています https://t.co/MFxQJKW1Zr

また境内にあるこちらの門は、3代藩主・継政によって建てられ、戦時中の空襲でも焼け落ちず残った貴重な建物です
さらに倭迹迹日百襲姫命(やまとととびももそひめのみこと)の神社だからか、こちらの神社はおみくじが桃!
桃みくじ、かわいいな

弟さんの吉備津彦命が祀られている吉備津彦神社・吉備津神社にもいつか行ってみたいです
※追記
2026/07には、吉備津彦神社所蔵の「桃太郎祐定」が刀剣乱舞に実装されました。定期的に岡山県立博物館などで展示されているようです。
(1/2)
— 刀剣乱舞-本丸通信-【公式】 (@tkrb_ht) July 22, 2026
『刀剣乱舞ぱずぎり』事前登録記念連動キャンペーン
【新刀剣男士 大太刀「桃太郎祐定(ももたろうすけさだ)」】
備前長船派の刀工、祐定作の大太刀。
備前国、吉備津彦神社に伝わる横山上野大掾藤原祐定の最高位の作品。
横山上野大掾藤原祐定は大洪水で壊滅した長船鍛冶を再興した人物。… pic.twitter.com/l9QIhTWASo
林原美術館
最後に九鬼正宗が展示されている林原美術館へ


こちらの門は岡山藩の支藩・生坂藩の岡山敷向屋敷の長屋門を移築したもの
またこの近くに岡山城石山門の石垣があります
ここは岡山城二の丸屋敷の敷地の一部だったんですね

今回は開館60周年記念展「みんなで選ぶ名品総選挙」が行われていました
展示品の一つ一つに投票者のコメントがあり、とても読んでいて楽しかったです
投票結果のランキングもあり、どれがみなさんに注目されているのかもわかりやすかったです
ちなみに気になる上位3位は…?
1位:洛中洛外図屏風
2位:平家物語絵巻 巻一上 我身の栄花の事
3位:国宝 太刀 銘 吉房
【記念展「みんなで選ぶ、林原美術館名品総選挙」展示品紹介】重要文化財「洛中洛外図屏風」は、江戸時代初期の京都の街並みを伝える屏風絵です。今回、館員全員で描写人数を集計した結果、現存する洛中洛外図屏風の中で最多の3,787人でした。 pic.twitter.com/Iw7mCNVdm6
— 林原美術館 (@hayashibara1964) November 1, 2024
【企画展「古美術ことば辞展」展示品紹介】「平家物語絵巻」巻第九(下)「坂落しの事」の一場面です。先頭の騎馬武者の後ろ、黒い馬に乗り、豪華な甲冑に身を包んだ義経と、烏帽子をかぶり、背に七つ道具を背にした弁慶らが、一団となって平家の陣をめがけて崖を駆け下る様子が描かれています。 pic.twitter.com/xoO3e4MgQo
— 林原美術館 (@hayashibara1964) July 20, 2022
GWは県立博物館で名刀鑑賞
— 岡山県立博物館 (@okayama_prefmus) April 29, 2023
5月7日(日)まで、テーマ展「名刀 福岡一文字の光彩」を開催中です。
福岡一文字派の作を中心に、国宝「太刀 銘 吉房」をはじめ、7口の日本刀を展示しています。
広々とした空間で、名刀を心ゆくまでじっくりとご鑑賞いただけます。この機会にぜひご来館ください。 pic.twitter.com/vxWCTKAou2
林原美術館の国宝の刀剣三振も全部お見え
同時に見ることができてありがたかったです
ちなみに九鬼正宗は第9位でした
福山のふくやま美術館でも一度見る機会がありましたが、また見ることができてうれしいです
令和6年11月24日(日)に刀匠による「銘切」と学芸員による「刀剣解説」開催!
— 林原美術館 (@hayashibara1964) November 6, 2024
・銘切:10時~16時、1枚2,000円(税込)~
名刀と同じ屋根の下で、刀匠が金属プレートに好きな文字を刻してくれます。
・刀剣解説:11時~、14時~(約1時間ずつ)
国宝の短刀「九鬼正宗」を始め、展覧中の刀剣のみ解説。 pic.twitter.com/aHnwtjgnKN
審神者さんたちもたくさん投票してくれたんだろうな?と思われたのが「池田光政日記」
【記念展「みんなで選ぶ、林原美術館名品総選挙」展示品紹介】「池田光政日記」は、池田光政(1609~82)が岡山藩主になって5年後の29歳から61歳までの33年間を記した自筆の日記です。 pic.twitter.com/NpxLajT4eP
— 林原美術館 (@hayashibara1964) November 3, 2024
大包平の記述があるということで、審神者さんらしき投票コメントがたくさんありました
愛されてるなあ、大包平
この日記は武家のお祝い事など行事についての記述が多いとのことで、当時の武家の文化を知るのにとても貴重な資料だそうです
なるほど。業務や公務の記録の他にも、日々の記録から解ることもたくさんあるんですね
お殿様の日記って人に見られること前提で書いているんだろうけど、それでもまめな人じゃないと毎日日記つけてくれないだろうから本当に貴重な資料ですね
みなさんからの投票のほか、林原美術館の理事・館長・学芸員さんたちの「推し」作品も紹介されており、こちらも楽しかったです
たくさんの人の感じ方見方、好みなど、他の人の意見や楽しみポイントも一緒に知ることができて、とても面白いコンセプトの展示でした
またやってほしいなあ

最後に正宗兄弟みんなでパネルと記念撮影
正宗の実装刀もこんなに増えて、よかったねえ
いつか九鬼くんのゆかりの地・鳥羽にも行ってみたいな~。
↓↓念願かなって九鬼家のお城があった鳥羽にいったときの旅日記はこちら
お土産に岡山神社の御朱印と岡山城の御城印と御城印帳
岡山城の御城印はリニューアル記念版
金ピカの下地に、豊臣家の家紋と宇喜多・小早川・池田家の家紋が入っています

それにしてもこのデニムの御城印、かわいいなあ
ポケット式でノリで貼る必要なし
大きめの御城印もすっぽり入るのでありがたいです

こちらのロゴは倉敷市にあるジーンズメーカーの「ベティスミス」さんのもの
岡山はジーンズの生産もさかんなんですね
倉敷も景観のきれいなところなのでまた行ってみたいです
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