大切なものだから、痛みを感じるんだ。
先日、あるnoteの記事を読んで、勇気がでました。そのnoterさんは、今まで長続きした仕事と、すぐに辞めてしまった仕事を検証してみたそうです。
そこから導き出した答えは、「自分は人間関係が一番大事だ」ということ。だから、これからも人間関係を基準に選んでいこうと思っているとのことです。
実は、わたしもそうなんです。人間関係に相当左右されます。でも、それを認めてはいけないとずっと思っていました。職場に嫌な人がいるからと逃げるように転職しても、また同じようなことが起こる。どこにいっても嫌な人はいるんだから、そんなことで転職していたら社会人として失格だと本やSNSなんかで散々読んできたからです。
確かに、そのとおりなのかもしれません。わたしも思い当たる経験があったので、嫌な人がいる職場でも頑張ってきました。わたしの考え方、感じ方を変えれば、誰といても心地よい場所にできると信じて。
でも、なかなかうまくいきません。せいぜい、「わたしはこんなことでは傷つかない」と自分をごまかすことが少しだけ上達したくらい。ホントはものすごく、こころが痛いのに···。
そんなとき、「これからもよい人間関係を求めていきたい」と堂々と宣言している冒頭の記事と出会い、スッキリしたのです。いや、安心したのかもしれません。
「人間関係が一番大事だっていいじゃない!」
わたしの友人で、「仕事ではお金が一番大事!」と宣言している人がいます。お金のためなら、嫌な仕事でも続けられるそうです。わたしにはない考えですが、それが彼女の価値観なんです。そういう価値観の人、多いと思います。お金のために仕事をしている人です。
では、なぜ『お金が一番』というのは理解が得られて、『人間関係が一番』というのは未熟者なのでしょうか?どちらも価値観のひとつに過ぎません。
わたしは好きな仕事をしていても、職場に嫌な人がいるというだけで好きな仕事も好きではなくなってしまうんです。ごまかさずに言うと、それが事実です。それくらい、わたしにとっては重要な条件となっているんです。
以前は「わたしって、人が嫌いなのかな?」と思っていました。いつもいつも、人間関係で体力を消耗するからです。「ひとりでできる仕事を探したほうがいいのかも···」そんな思いもわいていました。
でも、よくよく考えると、わたしは接客業が好きなのです。ひとりでPCに向かう作業は、確かにストレスは感じないけど、楽しくもないのです。
(noteを書くのは楽しいのですが···。それとこれは、別です。)
接客業が好きだけど、いつも人間関係にこころを痛める。そんな矛盾を抱えてずっと仕事をしてきたわけです。
・・・結局、人が好きなんでしょう。
『人嫌い』ではなく、むしろ『人好き』だから、そこに意識が向くのです。このnoteを読み返してみても、わたしは「あの人がこんなことを言った」とか、「この人のこの行動に考えさせられた」とか、そんなことばかり言っているのです。
わたしはそのくらい人を観察しているのです。敏感なんです、人に対して。
「おもしいな」「勉強になるな」と。
極端な話、他人にまったく興味のない人だったら、誰かがなにげなく発した一言なんて、拾い上げないのです。人に関心があるから、意識を向けてしまうんです。
親子だってそうですよね。自分の子供になんの関心もないなら、放っておけます。
関心があるから、大切だから、気になるのです。こころが痛いのです。
もちろん、楽しいこと、嬉しいこともあります。両極端の感情を味わうのは、大切なものだから···。
大切なものには、喜びも痛みも感じるのです。わたしも、人との関係のなかで、両方を体験してきました。片方だけ受け取れるのなら、楽なもんです。
でも、そうはいかないのが現実です。喜びを味わいたいのなら、痛みも感じなければいけません。わたしのように、ムリに抑え込もうとしたり、ごまかしたりしても、消えるものではないのです。
こうなったら、認めてしまいましょう。
「わたしは、人間関係が一番大切です」
これからは、堂々と宣言して、求めていきたいと思います。
ステキな一日を★
