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人の優しさに触れると涙がこぼれる

改めて、人の優しさに触れて
ものすごく感極まるものがありました。


優しさって目には見えないものだけど
目に見えないものほど大切にしたい。

そう感じたので綴っていきます。


みなさんはどんな時に
人の優しさを涙が出るほど感じますか?


目に見えて優しさを感じる時って

困っている時に助けてもらったり
助けの手を差し伸べてもらったり

落ち込んでたら温かい言葉をかけてくれたり
体調が悪い時に心配して声をかけてくれたり、
自分のことを考えて、何かをしてくれた時など  

人によって感じる優しさは違うし
人によって、優しさを感じる場面や、
優しさの基準は違うと思います。


誰かのために何かをしてくれることを
優しさだと感じる人もいれば、

言葉をかけてくれることが優しさだと感じる人もいます。

わたしは目に見える優しさに
ものすごく、愛を感じたり、
時にに涙を流したりするほど
嬉しさが感極まるものですが、


何もしないでいてくれる優しさ
いつも通りでいてくれる優しさという
目に見えない、見えにくい優しさに
気づいたときにはよりいっそう優しさの
じんわり温まる想いになります。

自分がどんな時に優しさを感じるか。


それを明確にしておくのも
自分のことを知れる一つのキッカケになる。


と感じました。


わたしの場合、
「共感」だなっとすぐに出てきました。
共感に優しさを感じる。


共感してもらえるってものすごく
心がじんわり温まります。


ですが、表面上の共感を見抜いてしまうのは
HSS型HSPの気質上あることだと思っていて


わかってしまうところもある。


でもさらに…奥深く言葉にするのであれば


共感しつつ、正論みたいなものも
きっと頭に浮かんでいる。のがわかる。


それでも、正論を言うわけでもなく
表向きだけでの共感では表せない本物の共感。

そして、相手の心理状況に合わせた
声のかけ方や雰囲気の作り方。

そこには、言わないでいてくれる優しさや
わたしが本当に伝えたかったことを
モヤで包んだのにも関わらず


ちゃんと中身が見えている!だろう…という面での共感。


HSS型HSPにとって共感してもらえたって
ハードルが高いのかもしれません。


書いていて感じました。

複雑なんですよね。
自分でもわけがわからなくなるくらい。


複雑な中で生きていて
シンプルを心がけていてもやっぱり
元々の性格や育ってきた生き様が複雑さを
「価値」としているところもあって。


それを理解されたい。と根っこでは思っている。


いつも、理解されない、されたことがない。


から表向きは諦めているけど
根っこの根っこは理解してほしい


想いがある。そんな自分に気づく。


わたしもそんな「共感」による
優しさを他の人に与えたいな・・と
感じました。


わたしができること。
無意識に「得意」としていること。


それももっと活かしていきたいと思う。
それには、もっと技術も必要だし
活かすためには、やっぱり量も必要。


必要なことを上げ出したらキリがないけど
「人疲れ」しやすいこともあって


わたしの状態が悪いと
感じ取れるものも少ない。


そのバランスも大切で
一気に高めようとしても逆効果。


自分のペースを作りながら
まだまだだと思う自分とうまく
折り合いをつけながら


自分の弱さや強みを受け入れて
3歩進んで2歩下がる。


それを繰り返して、振り向いたら
ちゃんと1歩ずつの積み重ねがあることを


時に確認しながら
噛み締めて進んでいこうと思う。


なんとなく、感じたことをそのまま
書き進めていたらタイトルと
関係ないかな?の終着点にたどり着いたかも。


それも、今の自分。
いろんな自分を受け入れて
自分を知る旅みたいなものが
「人生」なんだろうな。


と急に考え出してました。


まとまりないかもしれませんが
最後までご覧いただきありがとうございました🍀

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