メイドットの黄金比 vol.03
爽やかな朝。都にある豪華な屋敷で、銀色の髪を持つ12歳ほどの少年が、窓際に座って熱々のショコラを飲んでいる。
ばあや「ルピカ坊ちゃまは、本当にショコラがお好きですね」
ルピカ「ショコラが好きなわけではないよ、ばあや」
ルピカと呼ばれた少年がほほえむ。高貴な生まれを感じさせる上品な笑顔だが、目つきは鋭く、どこか近寄りがたさも感じさせる。
ルピカ「憧れの人に近づくために飲んでいるんだ。本当は珈琲がいいのだけれど」
ばあや「稀代の天才と呼ばれる坊ちゃまも、まだまだお子様ですね。珈琲が苦くて飲めないなんて」
憲兵ABC「失礼します!」
突然ドカドカという足音とともに、2人の憲兵が部屋に入ってくる。ばあやは驚くが、ルピカはまったく動じていない。憲兵のひとりが敬礼をして言う。
憲兵A「護国卿、ルーベンス様より命を受けてこちらに参りました。ルピカ様に、お力を借りたい事件がございます」
ルピカ「父上から僕に? それほど大きな事件なのですか?」
憲兵A「それが……」
憲兵B「…王宮から、盗まれたのです」
ルピカ「何がでしょうか?」
憲兵A「イーストミンスターの最高級名画『ワルプルギスの聖夜』が、です」
***
ーー数時間前。
王宮の召使の服を来たメイとリルが、堂々と王宮の廊下を歩いている。リルの髪の毛は金髪ではなく、絵の具で黒に染められている。
メイ「(小声で)王宮って外は警戒してても、一度入れば中は手薄ね」
リル「あの代理人のおじさんが適当でよかったわよ。他の王宮代理人が来た瞬間、言い争いを始めちゃって。おかげで召使のふりしてここまで忍び込めたもんね」
メイ「わ・た・し・が!あのおじさんと仲が悪い王宮代理人の訪朝時間を調べておいたの!で、その時間に訪問するように仕向けたの!」
リル「わかった、わかった。さすがメイは用意周到ね」
ふたりは廊下の角に身をひそめる。向こうには石造りの大きな倉庫の扉がある。扉の前には憲兵がふたり、銃を持って立っている。その様子を見てリルが小さな声ではしゃぐ。
リル「じゃーん!あれがイーストミンスターが最も愛したとされる絵画『、ワルプルギスの聖夜』が眠る王宮倉庫でーす♡」
メイ「あなたが王宮の中を知ってるって本当だったのね」
リル「そりゃあ、来たことあるもの!」
メイ「それって…….」
メイが何かを言う前に、リルが懐から小さなラッパを取り出す。倉庫の憲兵に聞こえるように、パーパラパーと独特のメロディでラッパを吹く。
ラッパの音を聞いた憲兵は、さっさと顔色を変えると、ふたりで規律正しく並んで小走りにどこかに走っていった。
メイ「…..いまのラッパの意味は?」
リル「持ち場を離れて緊急時の配置につけ。私ラッパはこれしか吹けないのよねー」
(なんでそんなこと知ってるのよ…..)
不審そうな顔をしたまま、メイは倉庫に向かっていくリルの後をついていく。慣れた動きで倉庫の扉を開ける。
メイ「扉の開け方までわかります、と」
リル「メイ、なんか言った?」
メイ「…….何も。」
倉庫には木の棚がところ狭しと並べられ、それぞれに壺や宝石など貴重そうな品が陳列されている。倉庫の一番奥の壁には、5メートルほどの高さの大きな絵画が飾られている。神や天使と大量の人間が入り乱れた重厚な絵画で、その大きさにメイがあっけに取られる。
メイ「……これがその絵画?」
リル「そう!さすがに近くで見ると圧巻よね」
メイ「何が描いてあるのか、どういう意味なのか私にはわからないけどね。それで、この絵をどうするの?」
リル「写し取る。エドムンド・イーストミンスターは芸術好きだったらしいから、絵画そのものをダメにしないと解けない暗号はしかけないと思うの。だから、この絵をそのまま写せば十分だと思うのよね」
メイ「写し取るって言っても……」
リルがスカートの中から折りたたんだ紙とコンテを取り出す。
メイ「あなたのスカート、そのうち家でも出てきそうね」
リル「黙っててくれたら30分で終わらせるわよ」
リルの目が、ぼっと焔が灯ったように光る。床にうずくまり、恐ろしい速さで絵を描いていく。形や色だけでなく、線のちょっとしたハネや人物の表情なども正確に紙に書き映されていく。
(はやい…!)
(態度がアレすぎるから舐めてたけど、自分で世界一の贋作師と言うだけある)
(模写が早いんだ。リルは特徴を瞬時にとらえて、それを正確に描くことができる……!)
(これが、贋作師…!)
半分ほど写したところで、リルが突然立ち上がる。
リル「……違う」
メイ「え?」
リル「この絵、贋作だわ」
リルが憑かれたようにふらふらと立ち上がり、絵画を無造作に触る。
メイ「ちょっと、触ったら絵が…..」
そのままリルは、舌を出して絵の一番下の黄色の部分をベロンと舐めた。
メイ「何やってるの?!」
メイが急いでリルを突き飛ばす。床に転がったリルは、突き飛ばされたことを気にもせずに呆然と絵を眺めている。
リル「一応聞くけど、私、生きてる?」
メイ「残念だけど生きてるわよ。これから私に殺されるかもしれないけど」
リル「ああーーーーーーー」
リルが床で手足をじたばたさせる。
メイ「何よ、大声出して。人が来るでしょ」
リル「私は生きてるし、舌がぴりぴりもしていない。つまりこれは贋作よ」
リルが立ち上がる。
リル「この絵が描かれたのは200年前とされている。その頃は絵の具がいまほどよくなくて、黄色や緑には毒素が含まれていた。なめたことあるからわかるのよ。これは200年前の絵の味じゃない」
メイ「あなた、これまでも絵をベロベロ舐めてきたの?」
リル「贋作師はあんまりなめない。これは鑑定士に教えてもらったやり方よ。あいつらは科学鑑定が面倒なときはベロベロなめる」
メイ「誰か一番なめてるかなんてどうでもいいわ。とにかく、この絵は王宮にあるくせに贋作なのね」
リル「そうね。だからちょっと考えたんだけど…….」
リルがいたずらっぽく言う。
リル「この絵、いっそ盗んじゃわない?」
***
倉庫にルピカが立っている。目の前の壁には、『ワルプルギスの聖夜』の額縁だけが飾られている。
憲兵A「ルピカ様、捜査の手伝いを呼んでまいりました」
ルピカ「もう必要ありません」
ルピカが振り返らずに言う。
ルピカ「この絵画は丸めて持ち運ぶには大きすぎる。憲兵がラッパを聞いたのは数時間前。犯人はまだ遠くに逃げていません。都全体を包囲して、特に馬が通れる道を重点的に検閲してください。それから、今日王宮に来たドレスの婦人を調べてください」
憲兵A「婦人、ですか?それは…..」
ルピカ「いまは時間が勝負です!早く!」
ルピカが叫ぶのを聞いて、あわてて憲兵が駆け出す。周りの騒ぎをよそに、ルピカはひとり王宮の外の庭に出た。犬を連れた庭師を見つけ、急ぎ足でかけよっていく。
ルピカ「すみませんが、犬を1匹、貸していただけますか。できるだけ賢い犬を」
庭師が怪訝そうな顔をする。
***
召使の服を脱ぎいつもの服にもどったメイと、服は戻ったが黒髪のままのリルが、先日ターネルをだまし売りした廃墟で絵を眺めている。
メイ「流れにのって盗んできちゃったけど、私はペテン師であって泥棒ではないのよね」
リル「でもこれ贋作よ。盗んで何の罪になるの?」
メイ「さぁね。皇帝のメンツ潰し罪とか?」
メイは少しイライラした表情をしている。一方、リルは興奮気味だ。
メイ「贋作を盗んでどうするつもり?財宝探しの手がかりにもならないんでしょ?」
リル「なるわよ。うまくいけば、これで残りの芸術品すべてが手に入るかも!」
リルが大きな笑顔で笑う。
ルピカ「楽しそうですね」
ふたりの背後からその声がした瞬間、メイが素早く動く。地面に落ちていた棒切をルピカに向かってふりかぶるが、ルピカの手に小銃が握られているのを見て動きを止める。
ルピカ「…..相変わらずつれないですね」
メイ「どうしてここがわかったの」
ルピカが目を伏せたまま言う。
ルピカ「犬に跡を追わせました。同じ時代の絵のにおいを使ったんです。昔の絵画は独特のにおいがしますからね。あとは、王宮を出入りしたご婦人の中で四番目にあやしかったのが、あなた方、ターネルの絵を売ったふたり組だったので」
3人とも動かない膠着状態が続く。
メイ「……本当、いつ会っても嫌なガキね」
ルピカ「それは褒め言葉ですか?」
メイがゆっくりと腕をおろす。と同時にルピカも銃をおろす。
ルピカ「メイさーーーーーん!!!」
満面の笑みになったルピカが、大声を出しながらメイに抱きつこうとする。メイが心底嫌そうな顔でぶんぶんと棒をふりまわして追い払う。
ルピカ「ひどくないですか?!久しぶりの再会だと思ってちゃんと憲兵も置いてきたのに!?」
メイ「あなたよりむしろ憲兵の方がましよ!王宮だからいるかもと思ったけど、本当にいるとは聞いてない!」
ルピカ「僕はずっと待ってましたよ!なんで僕の管轄で犯罪やってくれないんですか?」
メイ「あなたが出てくるからよ!」
リル「えっと…..ふたりは知り合いなの?」
リルが戸惑ったように言う。
メイ「違う」ルピカ「運命の相手です」
ふたりの言葉はまったく同時だった。
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