3万円で平成アニメを買った日に。
とうとう買ってしまった。
幼稚園の頃、夢中で観ていた「美少女戦士セーラームーン セーラースターズ」。
幼稚園児の頃、ビデオテープに録画して何度も見た作品。今でも暇があればU-NEXTに入って見たり、SNSのショート動画を漁ってまで見たりもしていて。
わたしの原点にして頂点の作品。
だけど、ずっとディスクを買えずにいた。
(「アニメに金をかける=オタク=キモい」という平成に擦り込まれた潜在意識が邪魔をし、今まで3万円が出せないでいた。限定版予約時に買わなかったことは今も後悔している。)
そして時を超え、ついに購入した。

いまさらに3万円を出せたのは、たぶんこの作品に登場した星野光というキャラクターがわたしにとって特別な存在だから。
(好きすぎてnoteにまとめたんだった。)
今になって冷静に思うのは、その魅力がなんといっても声にあったということ。
彼の声を吹き込んでいたのが新山志保さんだったから、わたしは今でも「美少女戦士セーラームーン」という作品が大好きなのであると言っても過言ではない。
あれから30年。アニオタではなくとも、34歳としては年相応の数のアニメを見て、たくさんの「声」を聞いてきた。
でも、彼女を超える声優はいまだにいないと感じている。
だからこそ、大人になってから観に行ったミュージカルやリニューアルされた劇場版アニメの星野には心が寄りきれなかった。(大前提、星野は全部好きなんだけどさ。)
どんなに演出が華やかでも、わたしの中の「星野」はあの声によって形作られているのだ、と痛感させられた。
だから、新山さんが演じた他の役柄も追いかけるようにもなったっけ。
「ご近所物語」を始め、彼女が演じたキャラクターはどこまでも追った。どの作品でも彼女の声は澄んでいて、元気なキャラクターでも時々どこか切なくて、聴くたびに心の奥を優しく震わせる。
もし今も彼女がご健在だったなら、どんな役を演じていただろう。大人になった今のわたしに、また新しい輝きを届けてくれていたのかな。
そんな想像をすると、胸の奥がちくっとする。もう叶うことはないのだと分かっているからこそ、彼女が遺した声の数々がどれほど貴重なのか改めて実感する。
新山さんは、もうこの世にはいない。
だけど、わたしの中には今日も確かに存在している。
辛いとき、孤独を感じるとき、その声を思い出せば心がやわらぐ気がする。不思議。
だから、また何度も新山さんの声に慰めてもらうために。この配信時代にBlu-rayという手元に残る「物」として、いまだからこそと購入した。
キモくても、オタクでも、大真面目に言いたい。
彼女の声は、今もわたしの世界を照らし続けている。彼女の声に支えられて、わたしは今を確かに生きている。
そしてこれからも、その鮮やかで優しい光を大切に抱きしめて、しっかり今を生きていこう。
そんなことに想いを馳せながら、パッケージを開けたのでした。
