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【アマデウス】サリエリは、だいぶ、こじらせる。【#映画感想文】

才能って、かっこいい!

いま思うと残念な語彙力だけど、音楽の授業で観た「アマデウス」の感想は、そんなものだったはずだ。
15歳の感受性には、とにかくモーツァルトの才能がまぶしく、サリエリの凡庸さが情けなく見えたのだ。

いま観返す「アマデウス」は、いやこれはもう、ていうか「サリエリ」じゃん、と言いたいくらい、全編においてサリエリが胸を打ってくる。
サリエリのすべてが愛おしく、哀しく、痛い。
凡庸であること、自分が切望した才能そのものに出会ってしまったこと、その凄さを理解できるのは自分だけだという自負――
憎みながら崇拝して、サリエリはだいぶ、こじらせる。

そのこじらせ具合がなんとも愛おしくて、切なくて、モーツァルトの譜面を見てひとり感嘆するシーンなど、
「あぁもう、そんな顔するなよっ……」
と抱きしめたくなるほどだ。ほんとうに愛おしい。

なかでもいちばん心に残るのは、終盤、倒れたモーツァルトに譜面を書かせようとするシーンだろう。

殺そうと思ってはじめた譜面を書かせる計画が、どこか歯車が狂い、ついに、譜面を書くことを手伝いたい、その神聖な作業に自分も立ち会いたい、という気持ちにスイッチする。

注目したいのは、セリフ回し。
いつもの気取った言いかたで、
「Can I……」(手伝おうか)
と、言いかける。
だけど、そこで一瞬の間があり、思い直す。
そこで出てくるのが、
「……Could I help you?」(手伝わせては、もらえないだろうか)
(※字幕としては「よければ……手伝おうか」ではあるけれど、私にはこう聞こえました)

低く、ゆっくりと、ぎこちないほどはっきりと。

あんな下品な小男に、どうして神は才能を与えるんだ(プンプン!)となっていたサリエリが、ひとつへりくだり、地に膝をつき、神に赦しを請うように絞りだした、愛と贖罪を織り込んだ、渾身の言葉。

15歳のときに理解できなかったことが、悔やまれてならない、ほんとうに美しいシーンだった。

(最近、心の琴線に触れる方に出会い、「才能とは」ということに対して真摯に思いをめぐらせる日々なので、とくにサリエリには、そんな、「ずっとずっと、好きでした。」みたいな顔で言うなよ……と、泣きながらこっちは思うのでした)



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