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あの夜、流星とラジオと

1985年の8月12日・・・
私は星好きの仲間たちと共に、中国山地の奥深くにある竜王山へとキャンプに出かけていました。お目当ては、毎年この時期に極大を迎える「ペルセウス座流星群」。空が暗ければ、ピーク時には1時間に50~60個もの流れ星が見られると言われていて、私たちはこの瞬間を心待ちにしていました。

あの頃は、携帯電話もインターネットもまだ存在しない時代。
情報源といえば、私たちにとってはラジオがすべてでした。天気予報ももちろんラジオ頼みで、NHKラジオの「気象通報」を聞きながら自分たちで天気図を描いて天候を読み解いていたものです。
しかし、その年の西日本はあまり天気が良くなく、夕方には雲が広がり星は見えませんでした。仲間の一人は、せめて楽しみにしていた一龍齋貞水さんの「講談・四谷怪談」をラジオで聴こうと、20時の放送を心待ちにしていました。
けれど、19時を過ぎたころから雲行きが変わります。日本航空機が行方不明との速報が入り、ラジオは臨時ニュースに切り替わりました。
その後はただ、ラジオの音声と、私たちが描いた天気図を見比べながら「関東で飛行機が遭難するような天気ではないはずだけど……」と、胸騒ぎを覚えていたのを今でもはっきり覚えています。

翌朝、誰かが山のふもとの町まで降りて新聞を買ってきてくれたことで、初めて私たちは初めて、その大惨事の全貌を知ることになります。

テレビが当たり前の情報源だった私たちにとって、あの夜、頼れるのはラジオの音声だけでした。あの日の静かな山中で聴いた、途切れることのないラジオの声。それは今でも、私の記憶に深く刻まれています。

あれから約40年。時代は変わり、情報技術はめざましい進化を遂げました。でもふと気になって「気象通報、今もあるのかな?」と調べてみると——NHKラジオ第2放送で、今も変わらず続けられていました。

失われていくものが多い時代だからこそ、変わらずにあり続けてくれるものの大切さを、あらためて感じた夏の記憶です。

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Tommy sugiyama 応援ありがとうございます! 信頼性の高い記事をこれからもこころがけて、がんばりたいと思います!