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【ショートショート】「誰かの記憶に残るような人生をお薦めします」【2,400字】

「それではいよいよ、レースの開幕です。誰かの記憶に残るような人生を。
選手一同位置について、よーい、パンッ!」

空砲が鳴り響いた。同時に、沈み込んでいた体を持ち上げる。
クラウチングスタートの足が軽く滑ったが、なんとか持ち堪えて走り出す。
まだ周りとはそれほど距離がない。まだ大丈夫。
姿勢を安定させて、ゴールを見据える。ここで、ひとつ瞬き。

目が覚めると、どこか広い部屋で寝ているようだった。うまく体を起こすことができない。
周囲には、木製の高い柵。無事、人生に入ることが出来たらしかった。

「あ、みいちゃん起きてる」

「ほんと?挨拶させて〜」
巨人サイズの人間が、軽やかに近づいてくる。普通の大人だ。
「初めまして〜。みいちゃんのママのお友達の、さやかです〜。かわいいね〜」

「あ、あの」
はっきりと発したつもりの声は、「あう」に成り果てた。これでいい。
幼少期は、何もしなくていいのだ。とにかく何もせず、寄ってくる巨人たちに呂律の回らない言葉で応えていればいい。

そうして愛情を受け入れるままに過ごしていたら、気づけば小学校の入学式当日だった。
友達を作るのもそこそこに、サッカークラブのドアをノックした。タッパのでかい強面の監督に驚いて少し漏らしてしまったような気もするが、そのまま入部。
本来三年生からのクラブ活動に無理やり入り込んだ俺は、小学校の六年間をサッカーに捧げた。

中学校の三年間も、高校の三年間も、全て、サッカーに費やした。
起きて、朝練、授業(という名の睡眠)、超特急の昼食、昼練、また授業(という名のこれまたほぼ睡眠)、放課後練、残って自主練、帰って大盛りの夕食、筋トレ、爆睡、の繰り返し。

費やした時間と労力に、当然結果はついてきた。全国大会に出場、二度の優勝。
大学へは推薦で進学予定だったが、プロチームからスカウトされ、Jリーグへ。数年そのチームで試合に出たが、さらなる高みを求めて海外進出。サッカーファンでなくとも一度は聞いたことのある有名リーグでプレーした。日本代表として四度W杯に出場し、数々の輝かしい成績も残した。そして、最高成績を残した五年後、体の衰えを悟り人気絶頂の中、引退。その後もコーチや監督としてサッカーに関わりながら、スポーツ系の報道番組などにコメンテーターとして出演を続けた。
92歳没。

たくさんの家族に囲まれながら病院で目を閉じた次の瞬間、俺はゴールテープを切っていた。
完走だ。
周りを見ると、先にゴールしているやつの方が少し多いか。なかなか長生きだったようだ。
しかし、このレースの結果はゴールした順番で決まるのではない。

「誰かの記憶に残るような人生を」

自信があった。表彰台を確信、ほぼ間違いなく一位だろうと、心の中で早めのガッツポーズ。
気づくと全員がゴールをしていて、結果発表の時間がやってきた。機械音声とも人間ともつかないアナウンスが、会場に反響する。

「それでは、入賞者のみ、レースの結果を発表させていただきます。第5位は…

第一レーンの方!」

とりあえず安心だ。俺は第三レーン。
「政治家として、参議院議員となり、国政に改善をもたらしました。最終ポストは、財務省事務次官」
政治家か。なかなか努力したのだろう、結果を聞いて第一レーンのやつは肩を落としている。
だが、政治家は効率の面で悪手だ。

「第4位は…第六レーンの方!」

よし。
「野球選手として、オールスター戦に出場するなど、ファンからの人気を博しました。最高年俸は一億円」
こぼれそうになる笑みを抑える。完全に俺の下位互換じゃないか。こうなれば、俺の上位は確定した。

「第3位は…第五レーンの方!」

「医者として、原因不明とされていた病気の原因ウイルスを特定し、多くの人々の命を救いました。筆頭論文数は23本」
すごいじゃないか。同じように努力しても、俺にはこの結果が達成できたとは思えない。そんな人生を抑えて一位を取る自分の人生を、誇らしく思った。

「第2位は…」

心臓の音がうるさい。これを聞けば、俺の一位が確定する。
気持ちが固形化したような胸の塊が膨らんで、心地よい息苦しさ。

「第三レーンの方!」

え?

「サッカー選手として、数々の有名チームでプレー、日本代表でも活躍し、国民的な存在となりました。最高年俸は十億円」

待ってくれ。これ以上に印象的な人生があるだろうか?
どれだけのサッカー選手を志す少年たちの心に残るプレーをしたことか。熱いサッカーファンの記憶に残るスーパープレーをしたことか。

「そして栄えある第1位は…第七レーンの方!」

まだ感情の処理が追いついていない。誰だ、こんなにも人生を捧げた俺のサッカーよりも記憶に残る偉業を成し遂げたのは。一体どんなことをした。俺はどうすればよかった?

「大学で学びたいことを学び、思い入れのある業界で定年まで働きました。生涯愛する人と結婚し、二人の子供と三人の孫。幼少期から憧れていた土地に平家の持ち家を建て、家族に囲まれて人生を終えました。残した遺産は1,200万」

呆然としていた。
「誰かの記憶に残る人生を」だろ?
こんな人生、家族以外の記憶になんて一切残らないじゃないか。家族にしたって、一般人よりも何かを成し遂げたやつの方が印象的に決まっている。

どうして。

「それでは、1位となった第七レーンの方にお話を聞いていきましょう」

「そうですね、やりたいように人生を送ることが出来て、満足しています。これまでの人生で一番良かったかな。多分ずっと、今回の人生のことは忘れないと思います。ありがとうございました」

会場が拍手に包まれ、満面の笑みの第七レーン走者は去って行く。観客に手を振りながら。
皮肉にも、俺が今回の人生でよくやっていたことだった。
他の走者たちも、肩を落としつつ会場を後にする。俺だけが、取り残された。

ああ、なるほど。誰かの記憶に残る人生を、か。

自分のことを最も強く覚えているのは自分だ。
結局、誰かとは自分だったのだな。

[おわり]



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🪄︎︎次回公演のお知らせ🪄


劇団ノーアンカー第2回公演
『魔法少女Aの告白』

作・演出 朝比奈

[日時]
2025年8月22日(金) 20:00-
2025年8月23日(土) 20:00-

※開場・受付開始は開演30分前です。
※上演時間は約60分を予定しております。
※60分の中で、2つの団体がそれぞれ30分の作品を上演します。


[会場]
北池袋新生館シアター
東武東上線北池袋駅から徒歩1分


[料金]
応援チケット 3000円
一般 2500円
U-22 2000円
高校生以下 1500円
リピーター 1000円


[予約フォーム(劇団ノーアンカー扱い)]

こちらのフォームから、「8/22(金) 20:00- 山下企画/ノーアンカー」または「8/23(土) 20:00- ノーアンカー/嘘つき」を選択してご予約ください。


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※当公演は、名前のない演劇祭Bの参加作品です。 チケットのお問い合わせは、no_name_theatre@yahoo.co.jpまたはX(旧Twitter)アカウント@no_name_festaまでお願いいたします。


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