スロバキアで人生初の「エレベーター幽閉」。からの、人生最高の一杯へ。
海外旅行にはトラブルがつきものである。
飛行機の遅延。
ロストラゲージ。
窃盗被害。
置き引き。
どれもよく聞く話である。
しかし、「エレベーターに閉じ込められる」はなかなか耳にしたことはないのではなかろうか。
この日のスロバキアの首都ブラチスラバは30度近い快晴。
とはいえ日本と違って湿気が少ないので、とにかく歩いていて気持ちがいい。
ホテルで朝食を食べ、ブラチスラバ城へ向かい、聖マルティン教会を見学し、約3時間街を歩き回った。



「逆さテーブル」の愛称で知られるブラチスラバ城。
何度も火災や戦火に見舞われながら、そのたびに復活してきた不死鳥のような城である。
18世紀には女帝マリア・テレジアも居城のひとつとして使用。
さらに16世紀、オスマン帝国にブダを奪われたハンガリー王国は、ブラチスラバを事実上の首都とし、この城は歴史の表舞台に立つことになった。

汗だくになったので一度ホテルへ戻る。
シャワーを浴びる。
そして、楽しみにしていた「昼ビール」へ向かう。
この時点で勝利は約束されていた。……はずだった。
ホテルのエレベーターは、見た瞬間に「これは信用してはいけないやつだ」と分かるくらい年季が入っていた。
しかも狭い。
棺桶か。
その危険な雰囲気を察知した娘・やめ子と嫁さんは、「階段で行こう」と即決。
なかなか危機管理能力が高い。
一方のやめ太郎。
「まあ大丈夫だろ。」
この「まあ大丈夫だろ」が人生を狂わせるのである。
ガタン。
止まった。
……え?
1.5階あたりで完全停止。
ドアは開かない。
閉じ込められた。
人生初のエレベーター幽閉である。





まず考えた。
酸素。
「酸素ってどれくらい持つんだ?」
次に考えた。
トイレ。
「さっき済ませた。ナイス俺。」
そして最後に最も重要な問題へたどり着く。
水がない。
これはまずい。
3時間歩いた。
シャワーを浴びた。
しかも、このあと飲むビールを最高の状態で迎えるため、水分補給ゼロ。
完全に裏目ってる。
「ビールを最高においしく飲む作戦」のはずが、これではオッサンがエレベーターでミイラ化の危機である。
エレベーターの外では、愛娘やめ子が泣いている。
スタッフが電話をかけまくっている。
嫁さんもスタッフやホテルの客に状況を説明している。
みんな必死だ。
そしてエレベーターの中では、
「ビール……。」
やめ太郎は一人、ビールのことだけ考えていた。
途中、「これは宿泊費無料案件では?」「慰謝料案件では?」という邪念も一瞬よぎった。
しかし、そんなことよりも喉が渇く。
カラっからだ。
ホテルスタッフも本当に一生懸命対応してくれている。
どれくらいでここから脱出できるのか?
幸い今回から旅行保険には加入済みである。
万が一の場合、オランダの保険会社がやめ子に多額の保険金を残してくれる。
……いやいや。
娘に残したいのは保険金ではない。
一緒に飲むビールの思い出である。
そんな最悪なパターンにはならないだろうけど、一体いつになったら脱出できるのか。
いや、むしろあと何分でビールが飲めるのか?
このままやめ太郎は右手でエアビールを楽しみながら水分不足で死んでいくのだろうか?
しばらくして業者が到着。
鍵を差し込み、
ドアがゆっくり開く。
光が見えた。

「ああ……。」
映画ならここで感動的な音楽が流れる場面である。
泣きながら飛びついてくるやめ子。
抱きしめ返すやめ太郎。
美しい親子愛。
しかし頭の中では、
「早くビールをくれ。早くビールをくれ。早くビールをくれ。」のエンドレスリピート。

そしてようやく、ドナウ川を眺めながらの一杯。
……。
…………。
うますぎる。
過去数年間で文句なしのナンバーワン。
旅行前からnote読者さんに「スロバキアのビールはマジでうまい」と教えてもらっていた。
その情報に偽りはなかった。
30度の快晴と3時間散歩。
そして
40分間のエレベーター幽閉。
干からびかけ。
娘を泣かせ。
救助され。
ようやく飲めた。
ここまで壮大でドラマチックな前振りからの昼ビール。
美味くない訳がない。
ありがとう、スロバキア。
景色も最高。
街も最高。
ビールも最高。
みなさんにも是非スロバキアに足を運んでもらってビールを楽しんで欲しい。
きっとマリアテレジアがトリッキーな演出とともにとびきりメモリアルなビールを提供してくれるはずだ。
あー、お仕事したい。
