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#2 日曜日くらい、何も生産しなくていい

日曜の過ごし方は人それぞれ。

SNSを開けば、「〇〇に行きました!」「〇〇巡り」「朝活してます!」という投稿が溢れています。
それを見るたびに、“自分も何かしなきゃ”という焦りを感じたことはありませんか?

けれど最近、そんな“生産的な休日”よりも、
今日は何もしていません」「ひたすらゴロゴロしていました
という投稿に、いいねが多くついているのを目にします。

どうやら私たちは今、
何かをした”よりも、“何もしない”ことに共感できる社会に変わりつつあるようです。


休むことへの罪悪感が減ってきた

少し前まで、「休日の過ごし方」にも正解がありました。
予定を詰めて、時間を有効に使うこと。
SNSでは“リア充な日曜日”を競い合うような空気がありました。

けれど、この数年で社会のリズムは少しずつ変わりました。
心や体を整える「静かな時間」に価値を見出す人が増え、
頑張らない日曜日”が肯定されるようになってきたのです。

コロナ禍、リモートワーク、情報過多。
私たちは、常に動き続けていた社会の中で、
立ち止まることの心地よさ」を思い出したのかもしれません。


「何もしない時間」が人を回復させる

何かを生み出すことだけが“価値”ではなく、“何もしない時間”こそが次のエネルギーを生む。そこに“日曜日の意味”があるような気がします。

本を読まずにただページをめくる。
コーヒーの香りだけを感じる。
窓の外の空を、ぼんやり眺める。
生活の音に耳を傾けてみる




「どこへ行ったか」ではなく、「どんな気持ちで過ごしたか」「何を感じたか」日曜日を語る基準が、少しずつ変わってきています。

がんばることより、休むことに共感が集まる今の時代。
それは、社会全体が少しずつ“回復”に向かっているサインなのかもしれません。

日曜日くらい、何も生産しなくていい。
それが、ちゃんと前に進むための一歩になるのです。

そして月曜の朝が少しだけ憂うつな人へ。
無理にやる気を出さなくても、整う準備は静かに始められます。
#3へ続く


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