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「『ごんぎつね』書き換えられた結末。(5月26日)」

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あなたは、新美南吉の『ごんぎつね』をご存知ですか?

小学四年生の教科書で出会い、今も心に深く残っている方も多いと思います。
ひとりぼっちの悪戯狐「ごん」と、母を亡くした青年「兵十」。

すれ違う心の揺れや、《償い》の難しさを描いた切ない童話です。

今日は、この物語を巡る、10歳の頃の私の少し尖った、けれど、どうしても譲れなかった記憶をお話しさせてください。

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すれ違う《償い》と、誰も救われない結末


物語の前半、ごんは悪戯の限りを尽くし、村人から嫌われていました。一方の兵十は、病床の母を介護する温和な孝行息子。

ある日、ごんの悪戯で大ウナギを逃された兵十は、鬼の形相で追いかけてきます。その数日後、里に降りたごんが目にしたのは、母の葬儀を終えて寂しげに座り込む兵十の姿でした。

――あのウナギは、兵十の病気の母のためのものだった。

事の重大さに気づいたごんは、深く後悔します。そこから、ごんの全身全霊の《償い》が始まりました。自分が食うや食わずの中、山の幸を届け続ける日々。

けれど、今までの悪行のせいもあり、その想いは兵十には届きません。もどかしさに苛立ちながらも献身を続けるごんと、それを「観音様のお恵み」と信じ込む兵十。

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そして、最悪の誤解が生まれます。ごんは理解されないまま、最後には兵十に撃たれてしまうのです。

ばたりと倒れたごんの向こうに、山の幸を見つけた兵十。その手から滑り落ちた火縄銃の銃口から、紫の煙が静かに立ち上るシーンで、物語は幕を閉じます。

(キツネって、どうしてこんなにも物語への登場回数が多いのでしょう。『ごんぎつね』『てぶくろをかいに』、あるいはイソップ童話の『酸っぱいぶどう』……。彼らのどこか憎めない、けれど切ない佇まいが、人の心を惹きつけるのかもしれませんね。)

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10歳の私が起こした「赤い文字の反乱」


予習でこの結末を読んだ10歳の私は、ボロボロと泣きました。呆然と立ち尽くす兵十の背中と、倒れたごん。

「これでは誰も救われない!こんなことが許されるはずがない!」

強い力で心をぎゅっと握りつぶされるような痛みに、私は「この終わり方は認めない。改変してやる!」と心に決めたのです。

ご本のプロである図書館の司書さんなら、きっと何かに詳しいはず――そう思い立ち、『ごんぎつね』について調べてもらえないかとお手紙を書きました。


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そして、いよいよ私の考えを実行に移します。

教科書の結末の余白に、自分で考えた文章を「赤」で書き入れ、宿題の感想文にもその独自の結末を綴ったのです。

先生に見咎められても、キッパリと拒否しました。
むしろクラスメイトの前で「教科書が間違っている!」と抗議したのです。

当然、親が呼び出され、3人の先生方から「学習指導の妨害だ」と厳しく責められました。『反省文を書けばお咎めなしにする』という大人たちの落とし所に、親になだめられ、不承不承ながらコピーを取った反省文を提出しました。

いま思えば、思春期直前の、尖った自我が起こしたささやかな抵抗でした。

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辿り着いた原作の救い、そして「私の結末」


騒動のあと、しばらくして図書館の司書さんからお返事の手紙が届きました。そこで私は、新美南吉が最初に書いた原作に近い結末に出会ったのです。

南吉の原作では、兵十が火縄銃を投げ出し、ごんを抱きかかえたあと、こう描写されていました。

「ごん、お前なのか。いつも栗をくれたのは」そう尋ねられたごんぎつねは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました。そして、嬉しい気持ちになりました。

――そう、私はこの最後の文章を求めていたのです。

結末としてごんは助かりませんが、自分の献身に気づいてもらえ、彼の《償い》は確かに果たされたのだと、そう信じたかった。
私が大激怒し、号泣した理由は、「ごんの想いが果たされたかどうかにありました」。

教科書の通りの結末では、ごんは永遠に救われない気がしてなりませんでした。

それに、殺した後に気づくという段取りの悪さは、最愛の母を亡くしたばかりの兵十に「殺し」という、二度と立ち直れないほどの重い罪を背負わせることになってしまいます。

だからこそ、想いが理解されたのを見届けてから昇天する件(くだり)が、どうしても必要だったのです。

最後に、当時10歳の私が教科書の余白に紡いだ「改変した結末」をご紹介して、今日のお話を終わりにします。

(どうか、ごんの《償い》が、美しく成就しますように)

(ごんの《償い》は、成就しますように。)

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『ごんぎつね』書き換えられた結末。


兵十に撃たれて、ばたりと倒れたごんぎつね。それまで、観音様からだと信じていた贈り物がすべて、ごんぎつねからのお詫びだったと気づいた兵十は、ごんぎつねを抱きかかえる。

ごんぎつねは、浅く苦しい息遣いの中、自分の《償い》が果たされたと安心し、静かに息を引き取る。

それを高みから見ていらした観音様が、光でごんぎつねを優しく照らす。

『ごんぎつねよ、お前の反省と償いは果たされた。もう一度やり直すが良い。ごんぎつねは、兵十を親代わりとする。二人でチカラを合わせ、誠の道を示してみよ!』

兵十は、ごんぎつねを強く抱きしめて、声をあげて泣いた。ごんぎつねもまた、兵十の懐の暖かさに、今まで知らずに育った母の慈しみを感じていたのだった。
《完》


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理不尽な悲劇で終わらせず、その先にある「気付き」と「救い、再生」を信じること。

不器用ながらも自分の心に嘘をつかなかったあの日の情熱は、めぐりめぐって、いま音楽と言葉を届けている私の原点になっている気がします。

あなたは、この書き換えられた物語の光の中に、どんな優しい未来を思い描きますか?

今日も、良い一日になりますように。
(🎹MIYABI)

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