「あなたが感じる不安の正体。(5月27日)」
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今でこそ、舞台で起こる大小さまざまなトラブルは、聴いてくださっているお客様には気づかれないように、何があっても平然とした顔でやり通せるようになったけれど、デビューしたての頃は、それはそれは怖かった。
今もあるのかしら?
テーマパークというよりも、むしろ『遊園地』と表すほうが程の良いこじんまりとしたジェットコースターに、頭の高さぐらいしかない観覧車、風景がすぐに一回転してしまうようなメリーゴーランド。
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そんな、あちらこちらに『昭和レトロ』の影を感じさせる遊園地の、それほど広くもない敷地の隅のほうに、いかにも地味で、はじめからお客さんの来場を期待もしていない、やる気のない受付係のいる幽霊屋敷があった。
お客との境目にはめられた透明プラスチックの板に、丸く縁を描いて声が聞こえるようにと点々と開けられた穴を境に、こちらの人数を言い、素っ気ないやりとりを済ませて、その幽霊屋敷の入り口へと向かう。
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すぐ近いに置かれたスピーカーから、ときおり聞こえる怒号と悲鳴には、少し寒気を感じるが、今いる外の明るさの元では、お化けなどいないと強弁する。
しかし、入り口の分厚く黒いカーテンを分け入ると、そこからは足元をわずかに照らす灯りのみ。きっと鼻を摘まれても、それが誰だか分からない。
少しの後悔も生まれるけれど、もう後には戻れない。時間が経て暗闇に目が慣れるだろうと自分を励まし、手探りで前へと足どりを進める。

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そんなお客を驚かせるのは簡単で、大声を出すか、目が慣れた頃を見計らって、ずいっと目の前に現れるのである。
"先が見えないことに、これから起こることの予想がつかない。"
まさに手探り、心を整える暇がない。
心うわつき、体も固くして重心が上がってしまって不安定な時には、ほんの小さな驚きでも、そこから発せられる波は大きく感じる。
しかも、腕にギュッと力を込めて掴む相手がパニックを起こして悲鳴をあげた後には、直に驚かせに来た幽霊より、心を乱され、自分の心さえ危うい。
腰こそ抜かさず、あげそうになった悲鳴も頼りにされる手前、出すこともできずに耐え忍び、出口の黒幕を払い、外へ進む。
明るさに目が眩むが、それもやがて慣れてくる。胸の高まりだけは相手にバレては恥ずかしいとじっと堪えて、落ち着くのを待つ。

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思えば、私たちの人生も『一寸先は闇』と言われている。明日のお天気さえも分かったようでも、たまには外れる。
そんなわけだから、お天気よりも、もっと厄介な人生なんて、やっぱり見えてはいない。
なるほど、『占いや予言に頼りたくなる』のが人情というものかも知れない。
おそらくだけど、あんなに古めかしくアナログなお化け屋敷が、今でも怖いのは、あの先が見通せない、理解できていない。
そこでやむなく、予想しながら前に進むことに、怖さを感じるのではないのだろうか。
もし、お化け屋敷が全く暗くもないお昼間の明るさならば、白日の元にさらされる幽霊こそは、むしろあちらが怯えるのではないか。

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あなたと私も感じる『不安』というものの正体とは、こういった相手が何者か、姿や目的がハッキリしないところに、
あれこれ考えてしまうか、その手間に怖さを感じているのではないかと、私は思う。
だから、不安から少しでも距離を置きたい時には、これから起こることに『どーしよー?』と、うずくまってしまうのではなく、
しっかりと頭を回して、私たちを不安にさせる材料、「分からないこと」「見えないこと」を少なくするように、一つひとつ箇条書きにした問題点にチェック✅を付けて、真っ暗な譜面を一行ずつ読み解くようにクリアにして行こう。
『人智を尽くして天命を待つ。』と言えるのは、考えつく限りの全てやり尽くした後であり、『人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり…』と、ひと舞してみるぐらいに達観できる心境に、少しでも近づいてみたいのである。
今日も、良い一日になりますように。
(🎹MIYABI)
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