「ピアノを背負って生きるということ(5月19日)」
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新しい一週間が始まり、昨日の「あふれるほどの拍手」の余韻が、まだ私の心に温かく残っています。
さらにその前日、日曜日の朝のnote界隈のお散歩では、私を思わずクスッと笑顔にしてくれる、とてもチャーミングな出来事がありました。
いつも温かい眼差しで発信を見守ってくださるフォロワーの無糖缶さんが、私の「『豆腐メンタル』って言わないで!」という記事を読んで、こんな楽しいリアクション記事を書いてくださったのです。
🌟あるフォロワーさんの記事より。
/無糖缶
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記事の中で、無糖缶さんがAI(Geminiさん)に「幼い頃からピアノを背負い、生きて来た。」という私の言葉を投げかけたところ……
なんと、文字通り「大きなグランドピアノをリュックのように背中に背負って、真剣な顔で歩く女性」のイラストが生成されたのだとか!
「何のコンサートですか?」と
ツッコミを入れたくなるようなそのシュールな図を、スマホの画面越しに見た瞬間、私はお上品な仮面を脱ぎ捨てて、お腹を抱えて笑ってしまいました。
"無糖缶さん、最高に楽しいユーモアをありがとうございます。"
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しかして、笑いながらも、私の内なる「男前」な部分が、静かに頷いていたのも事実です。
「……うん。でも、あながち間違っていないかも。」
実はこの土日、私はまさにそのイラストの通り、ピアノを相棒に、聴衆の面前での本番の舞台に立っておりました。
演奏家としてステージに立つとき、私たちは目に見えない重さの「ピアノ」を、その背中に文字通り背負っています。
これまでに重ねてきた練習の時間、作曲家への敬意、そして何より、客席で待ってくださるお客様の麗しい夢。
それらすべてを背負って、私たちは涼しい顔をして鍵盤の前に座るのです。
"あくまでお上品に、優雅に。"
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そして、ここ《note》という街における私の「背負いもの」は、ピアノだけではありません。
あなたの日常にそっと寄り添う「音」と、心に小さな灯りをともす「言葉」。
この2つを両方の肩にしっかりと背負って、今日もこの界隈で、男前に論説を展開して楽しんでおります。
文字通りの「ピアノを背負った図」はちょっぴりユーモラスだけれど、そこに込められた私のリアルを、見事に描き出していただいたような気がして、とても光栄です。
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これからも、お上品な音の葉と、少し男前な言葉の葉を携えて、この街を歩いていきます。
無糖缶さん、そしていつも読んでくださるあなたへ。
これからも、どうぞよろしくね。
今日も、良い一日になりますように。
(🎹MIYABI)
🌟Special thanks:
無糖缶 さま
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