「新じゃがとグラタンと王様と。(5月31日)」
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暦の上では、明日からもう6月。まだ、どこかに初々しさを残す新社会人たちは、危うい足取りながらも『五月病』の時期を、どうやら乗り越えたように映る。
少しはスーツ姿が似合うようになったかしら、と、その成長を眩しく見つめる季節ですね。
春から夏にかけて、季節のなかに並ぶお野菜たち。その名前の前に「新」がつくものがたくさんあります。
いわく新玉ねぎ、新ジャガイモに新生姜。
いずれも水分量が多くて、皮も薄いのが特徴です。
その瑞々しさは、他の季節の、程よく水分が抜けて枯れた「ひね」ものには無い特別な魅力。
厳冬を土の下で静かに過ごし、春の訪れを知り、暖かくなったのを喜んでいたかのように……とても優しいお味がしますよね。
さて、今日はそんな新ジャガイモのお話をしましょう。

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この新じゃがを使って、フランスのジャガイモのグラタン『グラタン・ドフィノワ(gratin dauphinois)』をテーブルに並べてみるのはいかがでしょうか。
グラタンというと、日本ではマカロニやエビを入れたホワイトソースのものが定番ですが、本来は上火を効かせて、お料理に美味しいお焦げをつけたもののこと。
フランス語では「グラニエ(gratiné)」と呼ばれます。
少し肌寒い夜に身も心も暖めてくれる、オニオン・グラタンスープもその仲間ですね。
ぐつぐつ煮えるスープをたっぷりと吸ったバゲットに、とろりと溶けたチーズのお焦げ……。想像するだけで、目にも立派なご馳走です。
だんだんお腹が空いてくるような、そんな『ジャガイモグラタン』の仕込みをさっそく進めていきましょう。

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シンプルに具材はジャガイモだけなのに、コックリとして本当に美味しいのです。
コツは、ジャガイモのでんぷんが、おソースの濃度ととろみを演出してくれること。
だから、水にはさらさないでくださいね。
① 深さのあるキャセロールの底と側面に、バターを薄く塗ります。
② 皮を剥いたジャガイモを、2ミリほどの厚みにスライスします。
③ キャセロールに一段並べては塩コショウ。これを繰り返して、7合目まで美しく積み上げます。
④ 上からミルクをそっと注ぎ入れ、仕上げにチーズをふんわりと。
あとは、オーブンへ。
綺麗なお焦げが表面にできるまで、15分ほど。
お部屋に良い香りが満ちていくこの時間は、ちょっとした手すき時間になります。
グラタンが焼き上がるのを待つ間に、このジャガイモと、とても関わりの深い「ある王様」のお話をすることにしましょう。

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その王様とは、革命期のフランスで断頭台の露と消えた『ルイ16世』のこと。
当時のヨーロッパは、厳しい気候不順のなかにありました。
彼らの日々の糧である「パン」を焼くための小麦が、日本でいうお米のように大不作となってしまったのです。
食糧の不足に端を発した民衆の暴動が、やがて王侯貴族による封建時代に幕を降ろさせる大きな引き金となりました。
歴史の波に飲まれ、あっけなくギロチンへと引き出されたルイ16世。
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彼は凡庸な治世者として語られがちですが、実はジャガイモの栽培を国内に推奨し、人々を飢餓から救おうとした慈悲深い一面がありました。
当時、フランスで「悪魔の植物」と蔑まれて嫌われていた《ジャガイモ》
その偏見を払拭するため、王様は農学者パルマンティエの提案を受けて、ある風変わりな戦略に出たのです。
ひとつは、王室のファッションに取り入れること。
ルイ16世はジャガイモの花をボタンホールに挿し、マリー・アントワネットもその愛らしい花を髪飾りにしました。これによって、まずは「高貴なもの」としての印象を植え付けたのです。
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そしてもうひとつは、面白い心理戦でした。
パリ近郊のジャガイモ畑に、あえて重装備の近衛兵を配置したのです。
『王室が厳重に守るほど価値があるものに違いない』と民衆に思わせ、夜間だけわざと警備を緩めました。
すると狙い通り、民衆が夜中に種芋をこっそり「盗む」ようになり、結果として栽培が瞬く間に広がっていったといいます。
科学的で、人道的な、王様の優しい機転。
この知恵がなければ、後の大飢饉でどれほど多くの命が失われていたか分かりません。

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さて、程よく蒸されたジャガイモの穀物を感じさせる香り。ミルクがジャガイモのデンプンを絡めて、焦げた香ばしさが部屋を満たしていきます。
それからまもなく『チリリ…♪』とオーブンのタイマーが鳴りました。
扉を開けると、新じゃがのみずみずしさを閉じ込めた、黄金色のお焦げがふつふつと顔を覗かせています。
慣れない環境で少しずつ自分を成長させていく春の新人たちのように。
ただのスライスだったジャガイモも、ミルクや熱と混ざり合うことで、コクのある立派な一皿へと形を変えていくのですね。
今夜は、遠いフランスの王様の知恵にちょっぴり感謝しながら、出来立てのグラタンをいただく時間にしませんか。
初夏の風が心地よい夜。
お腹も心も、じんわりと満たされますね。
今日も、良い一日になりますように。
(🎹MIYABI)
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