「ケバブとアイスと友情と。(4月18日)」
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あなたは、🇹🇷トルコのファーストフード、「ドネルケバブ」や「トルコアイス」をご存知ですか?
ドネルケバブは、日本でもお祭りの屋台や繁華街にお店を構えているのを見かけるので、あなたもご存知ですよね。
一つ700円程度のボリューミーなそれは、親しみを込めて「ドネル」あるいは「ドナー」と呼ばれる。
そして、その調理工程は、店頭からも眺めることができる。
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巨大な塊肉の真ん中に通された鉄の棒が回転しながら、電気ストーブを縦置きにしたかのような形のヒーターで背後から熱せられ、程よく焦げ色の付いた表面を長く大きな包丁で薄く削ぎ落とす。
削ぎ落とされたお肉は、金属でできた"ちりとりの形をした"トレーで受ける。
それを、中東地域で食される丸く平たいピタ(Pita)と呼ばれるパンを半分にカットしたもので"日本のいなり寿司の要領"で、その袋状になった中へと新鮮なハーブやトマトとともに、たっぷりと詰め込む。
決め手のヨーグルトのソース(ヨーグルトの甘酸っぱくコクがあるけれども、後味をサッパリさせてくれる)をまぶしたものを、紙に包んで手渡してくれる。
ぎっしりと詰まった中身が見えるパンの断面を愛でつつ、思い切り頬張れば、中東の市場を連想するスパイスの香りが口いっぱいに広がる。
ピリリと効いてくるのは、チリの辛味だ。

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ドネルがお食事ならば、「トルコアイス」は甘味として、トルコを強く印象づける。
ドネルと同じく、店先で店員さんが商品を渡してくれるのだが、その時の"パフォーマンス"は独特である。
それは常温でも溶けないアイスで、しかもめっぽう粘度があるものだから、アイスを取り出す棒に巻き付けたものを三角錐のコーンカップにヒョイと乗せて、グイッとばかりにこちらに差し出す。
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独特なのはそこからで、アイスを受け取ろうと伸ばした手の先でクルリと回転させて、アイスの向きを変えてくる。宙を掴んだこちらが戸惑いつつも、向きを変えられたアイスを求めてさらに手を伸ばすと、今度は逆回転して向きを戻して、はらりとかわす。
後ろに並ぶお客さんの『まだか?』という無言の圧を背中に感じて焦るこちらを尻目に、からかうような所作は、トルコアイス売りの常套手段であり、サービスなのだそう。
そんな商売っ気と茶目っ気には、髭を蓄えた彼らトルコ人の人懐っこい笑顔がよく似合う。そして、トルコの人は往々にして、私たち日本人にはやさしい。こちらが日本人だと知ると、ウザいほどに親切にしてくれようとする。
そこには、100余年を隔てて、なお消えない日本とトルコとの友愛の物語がある。

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時は、日本が明治23年のこと。日本帝国とオスマン帝国との間では1887年に行われた小松宮彰仁親王夫妻のイスタンブール訪問を契機に皇室儀礼関係が始まり、アブデュルハミト2世は明治天皇に勲章を奉呈するためにエルトゥールル号を日本へ派遣することとなった。その帰途で起こった『エルトゥールル号遭難事件(1890年)』にまで遡る。
『エルトゥールル号遭難事件(1890年)』
オスマン帝国の軍艦エルトゥールル号が、和歌山県串本町沖で座礁・沈没し、587名が犠牲となる大惨事が起こる。この時、地元の島民が懸命の救助活動を行い、69名が救出された。
この献身的な対応がトルコに伝わり、感謝の絆が生まれたことに大元を発するのである。
当時のトルコは『オスマントルコ帝国』の頃。国家体制も違えば、国際情勢も今とは大きく異なる。にも関わらず、最初は助けられ、無事に祖国の土を踏んだ船員たちと、その家族や親類縁者の中で語り継がれたものが、やがてはトルコの教育省によって、歴史の教科書に載せられ、皆が知るところとなった。
そして、100年の歳月を経て多くのトルコ人の心に刻まれた、遥か遠方の東の島国。日本との友好関係が試されたのが、イラン・イラク戦争時のイランからの日本人救出劇である。
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『トルコによる日本人救出(1985年)』
当時のトルコ大使館員やトルコ航空の尽力により、危険な状況下で200人以上の日本人がイランからトルコ経由で脱出できた。
これは、かつての日本人の恩に報いる行動として日本でも大々的に報じられた。
「あなたはご存知ですか?」

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あなたには、信頼できる友だち、親友はいらっしゃいますか。
その方は、あなたのピンチには何をさておき、『イの一番』に救いの手を差し伸べてくださる心から頼りになる存在。感動に頬を赤らめつつ『心友』と呼べますか。
もちろん、あなたも、そんな相手の方には、その想いに引けを取らない位に大切に想っている。
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トルコと日本の長い年月を隔てても、なお変わらない互いへの信頼と友好。
国際社会における『外交』とは『狐と狸の化かし合い』とも『今日の友は明日の敵』とも言われる。
会談の席においても、お互いに笑顔でチカラ強く握手するそのテーブルの下では、互いの向こう脛を蹴り合い、足を踏み合うという誠に熾烈で一筋縄ではいかないのが『外交』であるという。
その事は、平成・令和の現代においても国際情勢に見てとれる。
そんな中にありながら、相手国の国民の窮地には、"何を置いてでも救いの手を差し伸べてくれる国があるありがたさ。"
『損得勘定なし』で助けてくれる国こそ、真の友好国であり、国際社会においての親友として長期に渡り、"互いに尊敬し合える貴重な存在"ではないか。
ひとつ数百円のドネルを前に、冷静に見えて、じつは熱烈に友情に熱い私は、トルコの人たちとの友情に満ちあふれる歴史へと思いをはせるのである。
「あなたには、どんな時も頼りになる親友はいらっしゃいますか?」
今日も、良い一日になりますように。
(🎹MIYABI)
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