「冷やしあめ。その琥珀色の記憶。(6月22日)」
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「あなたは『冷やしあめ』をご存知ですか?」
本格的な梅雨を迎え、しっとりとした雨の音が続く季節になりました。
昨日、6月21日は「夏至」。
一年で最も昼の時間が長いこの時期、雨上がりのすこし蒸し暑い午後に涼を求めていると、あのひんやりとした琥珀色の飲み物と、優しかったお祖母ちゃまとの懐かしい夏の日の記憶が、静かに蘇ってきます。

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幼い頃の夏、お祖母ちゃまと一緒におやつのお買い物へ出かけた、近所の和菓子屋さん。
日差し避けの大きなよしずが斜めに立てかけられ、紺色に白く屋号を染め抜いた暖簾が揺れる引き戸を、ガラガラと開ける。
夏の熱波から逃げるように飛び込んだ店内は、エアコンの冷気に満たされた空気でさらりとした肌感覚。数時間前に炊いたであろう白檀のお香が、白い地肌の石鹸の香りをかすかに漂わせていた。
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その和菓子屋さんは、入り口に向かって、奥に工房、手前に大きなガラスケースのしつらえで、そこには整然と水ようかんやみつ豆が並び、手書きの赤い文字でお値段が掲げられていた。ガラスを手で触れるとひんやり冷たい。
そして、ガラスケースの上に、でん!と無骨に置かれていたのが、「冷やしあめのサーバー」だった。

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おぼろげな記憶のなかで、それはまるでちいさな魔法の装置のよう。
お店の人が、直前まで氷水で冷やされた何の飾りもないコップの水滴を麻の布巾でぬぐうと、氷なしでなみなみと注いでくれる。
それが、お買い物の待ち時間に楽しむ、私の特別な時間だった。
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初めて口にした冷やしあめは、あまりの冷たさに一口でこめかみがキリリと痛んだ。
口腔内に広がるのは、慣れ親しんだ洋菓子のグラニュー糖とは違う、水飴や黒砂糖の少し癖のある濃密な甘さ。中心にある、かすかに鼻に抜ける生姜のきりりとした香り。
当時の私はまだ幼く、味覚も子どもだったのでしょう。
冷たくて乾いた喉を潤すには十分だったものの、心の中では「オレンジジュースの方がいいな」なんて思っていました。
それでも、お残しを絶対に許してくれないお祖母ちゃまの目前、小さな手でコップを握りしめ、必死で飲み干したことを今でも愛おしく思い出します。

あの日お祖母ちゃまが買ってくれたのは、涼やかな水ようかんと、私には「和を感じるプリン」。
今のゼラチンでふるふると固めたものとは違う、寒天とたっぷりの卵黄で作られた、手のひらサイズの小さな缶詰プリン。
底に敷かれた、どこまでも甘苦く強い黒褐色のカラメルソースの味は、大人の階段を少しだけのぼるような、特別な味がしたものです。
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そんな子どもだった私も、今ではジンジャーエールやジンジャーブレッド、お豆腐に添える爽快なすりおろし生姜が大好物になりました。
さらに数年前、お土産でいただいた信玄餅の黒蜜に和の黒砂糖の本当の美味しさを見つけてからは、すっかり和菓子の虜(とりこ)です。
味覚とは、生き方と同じように、たくさんの「経験値」を重ねて豊かになっていくものなのですね。
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あの日、お祖母ちゃまの目の前で一生懸命に飲み干したあのちょっぴり背伸びした味わいが、今の私の味覚の、大切な最初の「引き出し」を開けてくれていたのかもしれません。
あなたの心には今、どんな懐かしい夏の情景が浮かんでいますか?
今日も、良い一日になりますように。
(🎹MIYABI)
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