「5月の空に思う。(5月1日)」
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今日は2026年5月1日の金曜日。華金です。
今年の大型連休は、4月29日(水)「昭和の日」から5月6日(水)「振替休日」までの8日間。
その真ん中にある昨日(4月30日)と今日(5月1日)にお休み(有給休暇)を入れられるならば、一週間を超える連続休暇が完成する。
私もだけど、みんながお休みの時にお仕事のピークがある方や、シフト勤務の社会人さんは残念だけど、その分はあとで埋め合わせることにして…。
有休は働く者の義務としての「労働」に対する健全な権利なのだから、周りの目や誰かの意見に左右されずに、自由に行使して欲しい。
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月が改まった今日(5月1日)には、5月5日の端午の節句(こどもの日)を目指して、地方のお庭のあるご家庭だと、五月晴れ(さつきばれ)の青空に「こいのぼり」が、たなびき始める頃である。
童謡『鯉のぼり』そのお歌が語るように、大きなヒゴイに真ん中のメゴイ、一番下には小さなマゴイが、色とりどり吹き流しをたなびかせる風に乗って、お空を泳ぐようになる。
都市部などの建て込んだ地域では、ベランダの隅っこに竿を括り付けられて、地方よりは幾分小づくりだが、こどもの日を祝う様子が窓の外からもおがめる。
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けれども、他の日本古来の行事とともに、年々、こういった家族の繋がりや先祖からの伝承に寄るイベントを見ることが少なくなったように感じる。
都会暮らしの核家族で、共働きで育児を始めとする日常生活だけで手一杯。
仕舞ってあるのを取り出して、設営し、終われば来年に向けてきちんと手入れして、再び仕舞う。
『そんな手間など掛けてられない。』
一方で、お菓子会社などの商業ベースで至れり尽くせりのクリスマスやヴァレンタインデー、ハロウィンなどの流行りに合流する。インスタントなイベントに乗っかるだけである。
子どもの成長を祝い、彼らの『未来に幸あれ』と、まだ幼い子どもたちに『青雲の志』を説く親を始めとする大人の存在。その影が薄いのを、私はとても不安に思う。

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日本ではどこかしら他人事の冷ややかな視線を感じるが、今日、5月1日は「メーデー」でもある。
主要国では、フランスやドイツをはじめとするユーロ圏の国々、アジア圏では、中国やベトナムなどが祝日と定め、お休み日。
日本では平日の扱いだが、日比谷公園をはじめとする会場では、全国組織の労働組合が主催する大規模な集会やイベントが例年開催されている。
メディアでその様子が報じられ、赤文字で『団結』と染め抜かれた鉢巻を巻いて、横断幕やノボリを立てて、シュプレヒコールをあげている。
その周囲では、野次馬の賑わいで、「なんだか暑苦しくて、何がしたいのか分からない。」といった様子で、遠巻きに様子をうかがっている。
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そして、あなたはというと、それらをさらにメディアの報道を通して、ほとんど他所の国といった白けた視線で横目に見やるだけで、すぐに別のニュースへと切り替えているのかもしれない。
では、あなたに尋ねたい。小さな子どもにも分かるように、今日(5月1日)の「メーデー」の由来や、その意義についてきちんと説明できますか?
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「メーデー」の意味・由来とは?
1886年5月1日にアメリカのシカゴで発生した、労働者によるストライキにちなんだ記念日。ストライキの3年後となる1889年5月1日、世界中の労働者の代表によって「メーデー」を定め、この日を祝日としたのが始まりとのこと。
おもにヨーロッパでさかんに取り上げられる記念日で、現在でも多数の国が祝日に制定。労働者の地位獲得、労働条件の向上といった啓発活動の一環とされる。

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では、「私たちの日本は、どうだろう?」と振り返ると、そこに気持ちがさみしくさせる事実が見える。
「新入社員や若年層の労働組合離れ」である。
そこにはさまざまな理由や動機があるが、およそ、以下の3つに集約される。
①働き方の多様化/正社員だけでなく、非正規雇用やフリーランスが増え、従来の企業別組合の枠組みに馴染みにくくなった。
②メリットの不透明感/SNSなど個人で声を上げられる手段が増え、わざわざ組合費を払って組織に属する意義を感じにくい。
③企業文化の変化/かつてのような「会社=運命共同体」という意識が薄れ、個人のキャリア形成を重視する傾向の強まり。
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確かに、労働組合への加入は、強制されてはいないし、参加しないのも自由意志で選ぶことができる。
けれど、考えてもみてほしい。
労働の対価として企業から支払われる賃金は、世の中に出回る物の値段に沿うものでないと生活が立ち行かない。
もちろん、企業が儲けないと、労働者に払える賃金は確保できない。
それらを経営側と膝を合わせて、労使双方の妥協点を求めて、何度も話し合いを重ね、今年の給与水準、労働条件も含めてすり合わせる。いわゆる『春闘』というものである。
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もし、労働組合に入ってなければ、従業員が個々人で前述の事柄を経営側と折衝しなくてはいけなくなる。労働組合は、組合員の生活を守るための組織である。
休むための『有給休暇』があるのも、労働組合の執行役員が、汗をかいてくれるおかげだ。
賃金だけではない。なんの落ち度もないのに、懲罰的人事考査によって、閑職にまわされて給料のカット、配置転換や左遷、さらに理由なき退職勧告を受けた時も、労働組合は組合員の権利を守るために、会社側と団体交渉の場を作るし、監督官庁への告発もする。
それを、毎月の少ない給料から天引きされるのは叶わないと、脱退するのは、保険料が高いからと自分から無保険になるようなものである。
何かあった時に、どうするつもりなのだろうか。
卑近な例では、住む地域の町内会や集合住宅で、管理組合への勧誘に背を向けて無視を決め込むこととイコールである。

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それに、これは私たちがこの国で、有形無形の恩恵を知らず知らずのうちに受けている『民主主義』へも共通する。
この『労働組合』とは、民主主義の屋根があるからこそ、存在できる。
フランス革命で、名前も残らない市民一人ひとりの血と汗で民主主義の自由と平等を手にしたフランスが、5月1日のメーデーを祝日とする意味が分かる。
彼らは、自分たちの暮らしのために立ち上がった。蜂起したのである。
その尊い『民主主義』の"ゆりかご"に育まれた労働組合に関心を示さず、『今さえ良ければ、その後のことはどうでも良い。』とは、民主主義や労働組合を多大な努力で引き寄せた先人に失礼だとは思わないのか?

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また、産業革命で資本家に搾取され、安い賃金で過酷な労働に従事させられた経験が、この国の労働組合の成立に深く関わったユーロ圏の🇬🇧U.K。
蒸気機関とそれに続く工学技術の進歩による経済的活動の発展という"光"がある一方で、それらと共に生まれた双子、"闇"の部分、低賃金で過酷かつ危険な環境でボロ布のような生活を強いられた労働者たちがいた。
それは、少し歴史を調べればすぐに分かる。
私は、平成・令和の現代に産業革命の"闇"を再び誕生させ、次世代を担う子どもたちに引き継がせたくはない。

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私たちに関わりのある労働組合をこのまま弱体化、消滅させてしまっては、そこに待っているのは、かつて下層階級が働いた、あの劣悪で非人道的な扱いなのである。
この時代に、毎月の給与から差し引かれる組合費を、目に見える働きがないからというのは、労働組合に関心がなくて、そちらをみていないからではないのか。
みんなが『自分さえ良ければ』と考えるようになると、民主主義は立ち行かない。
かつて、U.S.のケネディ氏が大統領の所信表明で言った言葉、
『国家が、あなたにどれだけの恩恵を与えるかではなく、まずあなたが愛する祖国のために何ができるのか。』へ、思いを馳せて欲しい。
現役の世代が後先を考えずに、放漫に過ごせば、それは子ども世代が背負う重荷となる。未来へ借金と老朽化した制度や国土を押しつけ、逝ってしまった後で、あれこれ非難の矛先を向けられては、もはや一言の弁明さえできないのである。

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あなたには、次世代に少しでも良い社会を手渡すことを考えて欲しい。子どもたちに、五月晴れの青空を泳ぐ鯉のぼりが表す『青雲の志』を抱ける社会のためにも。
それが、5月1日『メーデー』に、私からあなたにお話ししたいことである。
『メーデー万歳!』
今日も、良い一日になりますように。
(🎹MIYABI)
(注釈*1)
労働組合は、憲法28条で保障された「労働三権(団結権・団体交渉権・団体行動権)」を基盤としています。働く人々が孤立せず、対等な立場で企業と交渉できるよう、人間らしい働き方を守るための非常に重要な存在です。
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