見出し画像

「『豆腐メンタル』って言わないで!(5月16日)」

豆腐メンタルって、本当に弱いのかな? お豆腐って、意外と弾力あったりしません…
  /優なぎ

何かの競争で、両脇からの激しい幅寄せに
思わず恐怖を覚え、ブレーキを踏んでそのまま失速。あえなく途中でリタイアしてしまうような、気持ちの優しい人。

また、一つの椅子をめざす過酷な競争を前に『私には無理』と、エントリーすらすることなく逃げ腰になる人。

会議などでは、相手から非難されるのが怖くて終始聞き役に、多数決の挙手も周囲の様子をうかがいつつ、目立たないよう遠慮がちに、そっと自己表現する。

とにかく他者からの評判が気になって、自分を出せない人を表すものに『豆腐メンタル』という言葉がある。

*
よし! ここは先日から『コーヒーは、まだ淹れられない』ものの、あなたの"有能なアシスタント"、役に立つと豪語しているAi『Google提供のGemini』に調べてもらおう。

たとえ間違った情報を引っ張ってこようとも、この語句ならば、それによって受ける被害は、それほどでもなかろう。

それに万が一にも間違えることがあろうとも、そこは「ごめんて〜🤭」と、私の頭を軽く下げれば良いだけのこと。

*
Gemini調べは、以下の通りである。
--
『豆腐メンタル」とは、豆腐のように脆く、すぐに崩れてしまいそうな精神状態や、非常に傷つきやすい性格を指す言葉。

「ガラスのハート」の現代版のような表現として、SNSやネット掲示板から広まる。


主な特徴と原因
* 打たれ弱い: 些細な指摘や失敗でひどく落ち込み、立ち直るのに時間がかかります。
* 自己肯定感が低い: 自分に自信がないため、周囲の評価に過敏に反応してしまいます。
* 完璧主義: 「失敗してはいけない」という思いが強すぎて、少しのミスで精神的なダメージを大きく受けてしまいます。
--

*
どう? 『豆腐メンタル』についてご理解いただけただろうか。

私は、自分で言うのもなんだが、打たれ強い。「メンタル強強(つよつよ)」である。
幼い頃からピアノを背負い、生きて来た。
だから、音楽を表すためにどうしても避けては通れない人前で奏でること。
一人きりの舞台の上、客席からの熱い視線にさらされた。

学生時代もピアノは、同じ楽器を専攻する「良きライバル」の数が、弦楽器のヴァイオリン、管楽器のフルートやクラリネットなどと肩を並べるか、たぶん遥かに多かった。
そんな激しい競走の中を、どうにか生き残った。私も人間だから、始めからタフだったワケじゃない。
でも、修羅場をいくつも潜るうちに鍛え上げられた。その鋼のメンタルをして『豆腐メンタル』ではないと断言できる。

普段は、要らぬ摩擦は避けたいから、やんわりと"薄化粧"程度の猫は被っているが、うちに秘めたる闘志、負けん気は誰にも負けないと自負している。
どう転んでも、後列の端っこが"指定席"というキャラではないと、ここに言い置いておく。

だから、私を指して『豆腐メンタルか?』と尋ねられたら、即座に「それって『沖縄の島豆腐』ですか? それともお豆腐の故郷、『中国は四川省の豆乳たっぷり、固くて重い四川豆腐』のことですか?」と、生意気にも応戦して、気の強さを遺憾なく発揮するだろう。

*
ここまで、何かお豆腐を否定するかのような言い回しを続けて来たが、私はむしろお豆腐が好きだ。

冬景色を眺めつつ、ぬくぬくとした和室で楽しむ『京の湯豆腐』は好きだし、厳しい酷暑の中で、ひんやりした絹ごし豆腐の冷や奴。そのぷるんとした麗しさ。

天に盛られた薬味の細ネギと生姜を崩し、そこへと控えめに関西の薄口しょうゆを回し掛ける。『薄口しょうゆ』は、関東の濃口の物に比べ、色が浅く、お豆腐の色白を汚すことなく、良い塩梅に整えてくれる。


*
冷や奴の好まれる夏に似合うは、沖縄のゴーヤチャンプルーだが、ここで使われるのは『島豆腐』である。

これは、濃い豆乳にニガリを打ち、シッカリと重しを掛けて、固く締めたもの。
私たちが知っている木綿豆腐の水分量に比べて、強く脱水されていて、味も濃いし、炒め物に使っても水分が滲み出す事もなく、食味もしっかりしている。
おそらく『島豆腐』のルーツを遡れば中国・四川省の豆腐に辿り着くのだろう。

四川のお豆腐こそは、日本の木綿や絹から島豆腐、乾燥されたものまでお豆腐の大図鑑である。

*
中国まで遠征してしまったが、日本でもお豆腐は、柔らかなものから、固いもの、乾燥させた高野豆腐や、凍み豆腐。
さらに、汲み上げ豆腐、健康志向でよく飲まれる豆乳は『お豆腐のジュース』である。

それほどにバラエティー豊かなお豆腐を、いつも目にする木綿豆腐の柔らかさだけを見て、弱々しく、何かの角に触れただけでホロリと崩れる様をつまみ上げて『豆腐メンタル』と、まるで劣ったもののように蔑む(さげすむ)とは如何なものか。


*
思ってもみてほしい。もしも冷や奴が、"見た目はそのまま"に、島豆腐の硬さや味の濃さならガッカリするだろうし、島豆腐の代わりに柔い(やわい)絹豆腐では、どうにもならない。
さらに豆乳こそは、喉越しの良さや、後味に回ってくる大豆の風味が心地よいのである。

柔らかい豆腐は、そのたっぷりと水気を含んで、やさしい口溶けこそは、他のものでは代用が効かない。心根の優しい人についても、同じてはないか。
すべてものには、そこに託された役割が必ずある。その真理を理解せずに、ものを言うならば、一度「豆腐の角に頭をぶつける」が良い。

『豆腐メンタル』と言うなかれ。
これからは『感受性豊かで、気持ちが優しい』と表すのがよかろう。

今日も、良い一日になりますように。
(🎹MIYABI)

🌟Special thanks:
   優なぎ さま

いいなと思ったら応援しよう!

みやび ご支援くださり、ありがとうございます。くださったチップは、楽譜やご本の購入代金に使わせていただきます。