「『空蝉の夏』が繋いでくれたもの。(6月18日)」
効率や正確さばかりが求められる現代。日々の暮らしにふっと生まれる「余白」や、愛おしい「ゆらぎ」に触れるとき、私の心はゆるりと解けていきます。
先日、私のnoteに、とてもチャーミングな『サプライズ』が舞い込みました。
クリエイターの無糖缶さんが届けてくださった、美しい創作のアンサンブル。
まるで一本の映画のような温かい軌跡を、私の言葉で、ひとつの物語としてここに書き留めます。
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はじまりは、一遍の「詩」から
事の始まりは、相棒の(🎻えみり)が詠んだ「空蝉の夏(うつせみのなつ)」という一遍の詩でした。
去年の夏は 遠く去り
伸ばした手には 届かない/
残響ばかりを 追いかけて
掴む虚空の 虚しさよ/
この詩を受け取った無糖缶さんが、AI楽曲(Suno)として形にしてくださいました。
「円卓の前で正座して待っていました」というお茶目な言葉を添えて。
届けられた曲は、まさに夕陽の沈む砂浜でヴァイオリンとピアノが響く美しいメロディ。
(🎻えみり)さんも嬉しくて、思わずクスッとしてしまったそうです。
心をやわらかに緩めてくれるそのユーモアは、私が暮らしのなかで何より大切にしている「人間らしいゆらぎ」そのものでした。
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「誰も来なかった日」の、神様の計らい
けれど、本当のギフトはその先にあったのです。
無糖缶さんが主宰する「声を出してリフレッシュ」サロンでのこと。
雨のその日は、4年目で初めて「参加者ゼロ」という切ない日だったそうです。
静まり返った部屋で、無糖缶さんは「ここは大声を出すチャンスだ!」と心を奮い立たせ、あの「空蝉の夏」の楽曲をバックに、ご自身が優しく歌い重ねてくださいました。
「今日のサロン、誰も来なかった──」
そんな切なさをチャーミングな物語に変えて届けてくださる無糖缶さん。
でもそれは、今日という日のために用意された「神様の計らい」であったのだと。
誰もいない空間だったからこそ、無糖缶さんの歌声と、えみりんのヴァイオリン、私のピアノが、余計なものを挟まずに真っ直ぐ重なり合えたのです。
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「ただ、届けたいから」という原点
届けられたスタンドエフエム。ぬくもりのある音源を聴いた瞬間、私はそっと息をのみました。
「ただ、届けたいから」
その純粋な気持ちこそが音色になり、奏でる呼吸となって誰かへと伝わっていく。
無糖缶さんも後から、「その純粋な気持ちこそが音色になる。満たされた貴重な時でした」と言葉を返してくださいました。
日常の思い通りにいかない凹凸を、美しいエネルギーへと昇華させてしまう生き方に、私は深いリスペクトを抱いています。

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これからも、アンサンブルを
楽器、特に(🎻えみり)のヴァイオリンは、日々の気温や湿度で少しずつ音が狂うため、毎日その声に耳を傾けながら「調律」をします。
「人間の心もきっと同じ。」
雨の日に一人で声を張って歌うこと。誰かの切ない言葉を、自分の温かい声で包んであげること。無糖缶さんと私たちのnoteの投稿のなかに、新しい「余白」を見出すこと。
目に見えない温かい何かに支えられた今回の交流は、「音と言葉で、気づきと癒しを」と願う私のnoteにとって、これ以上ない愛おしい心の調律の時間となりました。
季節は巡り、雨の匂いとともに梅雨の季節が始まります。
過ごしにくい時期ですが、どうか健やかに。
今日も、良い一日になりますように。
(🎹MIYABI)
🌟Special thanks:
無糖缶 さま
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